絶景の鋸山を日本遺産へ!近代化を支えた「房州石」とアートが繋ぐ地域活性化の挑戦

観光客の皆様、千葉県にある鋸山をご存じでしょうか。47都道府県の中で最も標高が低く、平均標高も低い千葉県にあって、標高329メートルという異彩を放つ存在、それが鋸山です。断崖絶壁から東京湾を見下ろす展望台「地獄のぞき」は特に人気が高く、最近では多くの外国人観光客も訪れる名所となっています。この鋸山を、地域活性化と観光振興のシンボルとして、国が認定する日本遺産にしようという動きが地元で本格化しているのです。

日本遺産とは、文化庁が「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー」を認定し、有形・無形の文化財を一体的に活用して観光振興につなげることを目的とした取り組みです。2020年度までに約100件が選ばれる予定で、鋸山が位置する富津市と鋸南町は、この認定を目指して2019年5月に協議会を立ち上げました。そして、2020年1月の申請に向けて、現在、魅力的な提案づくりに邁進しているところです。

鋸山が特異な景観を持つのは、かつて房州石(ぼうしゅういし)という石材の採石場だった歴史があるためです。房州石は凝灰岩(ぎょうかいがん)の一種で、火山の噴出物が固まってできた石材であり、柔らかくて加工しやすいという特性を持っています。この特性から、江戸時代から富津市金谷地区を中心に盛んに切り出され、切り立った岩肌は当時の採石の歴史を物語る名残なのです。

房州石の用途は幅広く、江戸時代の台場(砲台)や、明治時代に建てられた西洋建築、そして護岸工事などに多用され、日本の近代化を陰で支えてきた大変重要な資源でした。金谷地区で商業施設などを運営する富洋観光開発の社長、鈴木裕士さんは、房州石を切り出していた鈴木家の16代目にあたります。石材業は需要の減少に伴い、お父様の代で終えられたそうですが、現在は別の形で「石」と深く関わり、地域の活性化に取り組んでいらっしゃるのです。

金谷地区では人口減少が深刻で、地域をいかに盛り上げるかが大きな課題となっています。かつて地元では鋸山でコンサートを開催するなど、一過性のイベントも行われましたが、鈴木さんは、継続的に人を呼び込む方策が必要だと考えました。そこでたどり着いたのが、「石と歴史とアート」を軸に据えて鋸山の新たな魅力を発信するという手法でした。

鋸山には、石を切り出すために使われた石切り場や、切り出した石材を荷車で運び出すために使われた道の跡など、多種多様な遺構(いこう:昔の建造物などの跡)が残されており、これらが全国の専門家を惹きつけています。また、職人がツルハシで削った岩肌が作り出す造形美は、多くの芸術家からも注目を集めていると言います。まるで巨大な美術品のように、自然と人の手が生み出した美しさが共存している場所なのです。

鈴木さんは、専門家の協力を得て「金谷ストーンコミュニティー」を主宰し、2009年から毎年シンポジウムを開催されています。これは、鋸山の景観の凄さをただ訴えるだけでなく、学術的な土台も不可欠だと考えられたためです。鈴木さんは「まさか、ここまで石にのめり込むとは思わなかった」と笑いながらも、老朽化した旅館を観光案内所と宿泊施設を併設する形で改修し、国内外へ積極的に情報を発信されています。この熱意こそが、地域の未来を切り開く原動力となるでしょう。

2019年6月27日現在、日本遺産はすでに83件が認定されており、残りの枠はわずかです。鋸山への注目度は高まっていますが、認定を勝ち取れるかどうかは予断を許さない状況だと言えるでしょう。それでも、協議会にも参加されている鈴木さんは、「町が衰退する中で、自分の商売だけが繁盛するなんてことはあり得ません。地域は一体なのです」と、力強く語っていらっしゃいます。房州石が現代に繋いだ新たな「縁」が、鋸山と金谷地区の未来を明るく照らすことを期待せずにはいられません。

SNS上でも、この日本遺産への挑戦には大きな反響が見られます。「鋸山の景観は本当に唯一無二」「地獄のぞきはまさに絶景、認定されるべきだ」といった賛同の声や、「石材の歴史とアートという切り口が新鮮で面白い」と、ストーリー性に着目するコメントも寄せられており、注目度の高まりがうかがえます。この挑戦は、きっと大きな成功を収めるに違いないと、私は確信しています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました