2019年6月28日現在、いつ終わるとも知れない「ブレグジット(英国のEU離脱)」騒動に、欧州大陸側からは明らかな「疲れ」と「怒り」の色が見え始めています。特に、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の苛立ちはピークに達していると言えるでしょう。彼は6月上旬の会議で、英国の離脱期限を10月末まで延期したEUの判断について「大きな失敗だった」と断言しました。この発言は、単なる感情論ではなく、欧州全体が抱える切実な事情を反映しているのです。
マクロン大統領がこれほどまでに焦りを募らせている背景には、彼が掲げる壮大な欧州改革プランがあります。ユーロ圏での共通予算の策定や、独自の「EU軍」創設など、より強固な統合を進めたい彼にとって、内政の混乱で足踏みを続ける英国は、もはや「目の上のたんこぶ」以外の何物でもありません。SNS上でも「マクロンの言う通りだ」「いつまで英国に付き合わされるのか」といった、欧州市民からの同調する声が多く見受けられ、英国への視線は日に日に厳しさを増しています。
「合意なき離脱」か協定案か、迫られる決断
2019年6月14日にマルタで開催された南欧7カ国の首脳会合でも、マクロン大統領の鼻息は荒いものでした。彼は、7月下旬に選出される予定の新しい英国首相に対し、「離脱協定案を受け入れるのか、それとも『合意なき離脱』を選ぶのか」という最後通告を突きつけるべきだと主張しています。
ここで専門用語の解説を挟みますが、「合意なき離脱」とは、貿易や人の移動に関する取り決めを一切結ばずに、英国がEUから放り出される状態を指します。これが起きれば物流や経済が大混乱に陥るため、本来は避けるべき最悪のシナリオです。しかし、今のEU側には「これ以上引き延ばすくらいなら、それでも構わない」という冷めた空気が漂い始めているのが恐ろしいところです。
一方の英国側はどうでしょうか。残念ながら、彼らの関心はもっぱら「メイ首相の後任は誰か」という保守党内の権力争いに向いており、EUとの交渉は二の次になっているのが現状です。欧州委員長のジャンクロード・ユンケル氏も、「英国は自分たちのことばかりだ」と冷ややかな視線を送っています。
ブレグジットがもたらした「ワクチン効果」とは
しかし、この英国の迷走は、EUにとって皮肉な「恩恵」ももたらしました。EU大統領のドナルド・トゥスク氏は、ブレグジットの混乱そのものが「ワクチンになった」と分析しています。つまり、英国がこれほど苦しむ姿を目の当たりにしたことで、他の加盟国にいた「EU離脱派」たちが、「あんな目に遭うならEUに残ったほうがマシだ」と尻込みし始めたのです。
実際、2019年5月下旬に行われた欧州議会選では、現状のEU政治に不満を持つ「懐疑派」こそ躍進しましたが、あからさまに「離脱」を叫ぶ勢力はすっかり鳴りを潜めてしまいました。結果として、逆説的ですが、ブレグジット騒動がEUの結束を間接的に強める結果を生んでいると言えるでしょう。
EUの視線はすでに「ポスト・ブレグジット」へ
そして今、ブリュッセルのEU本部の関心は、完全に「未来」へとシフトしています。この秋には欧州委員長や欧州中央銀行(ECB)総裁といったトップ人事が一斉に刷新される予定です。移民問題、気候変動、そして激化する通商摩擦など、取り組むべき課題は山積みであり、もはや英国にかまけている暇はないのです。
その証拠に、2019年6月1日付の幹部人事で象徴的な動きがありました。これまで英離脱交渉の最前線にいたミシェル・バルニエ首席交渉官の右腕とされた人物が、通商部門のトップへと異動したのです。これは、EUが「英国との別れ話」よりも、米中貿易摩擦への対応や、WTO(世界貿易機関)の改革といったグローバルな課題を優先し始めた明確なサインと受け取られています。
私自身の見解を述べさせていただくと、これはEUによる非常に合理的な「損切り」の判断だと思います。過去に囚われて動かない英国と、世界情勢を見据えて次へ進もうとするEU。この対比は残酷なほど鮮明です。「欧州の未来の方が、ブレグジットよりずっと大事だ」というバルニエ氏の言葉は、今の欧州の空気を最も的確に表していると言えるでしょう。
コメント