長期金利の制御は限界か?日銀黒田総裁の「くせ球」発言が示唆する金融政策の新たな局面

2019年6月、日本銀行(日銀)が金融政策の目標としている長期金利の動向に、市場は極めて神経質な反応を示しています。特に指標となる10年物国債の利回りは、6月の金融政策決定会合翌日の21日に、一時マイナス0.195%まで低下する事態となりました。これは、日銀が長期金利の操作目標として暗に意識しているとされる下限のマイナス0.2%に、危機的に接近していることを意味しています。

この状況は、日銀が導入している「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)」という政策の持続性、つまりその有効性に、市場から疑問符が突きつけられている状況であるといえるでしょう。利回りが下がりすぎてしまう(債券価格が上がりすぎてしまう)と、銀行の収益悪化や、年金基金・保険会社といった長期投資家の運用難といった、金融緩和の副作用が一段と強まってしまうからです。

こうした状況下で、日銀の黒田東彦総裁が6月20日の決定会合後の記者会見で発した「金利変動の範囲を厳格にとらえる必要はなく、ある程度弾力的に対応する」という発言は、市場に衝撃を与えました。この言葉は、市場がこれまで意識してきた「マイナス0.2%」という暗黙の下限が絶対ではない、と示唆したものと受け止められ、投資家たちは長期金利がさらにマイナス圏を深掘りする可能性、つまり新たな下限を探り始める動きを加速させました。

実際に、日銀内部の一部の幹部からは「マイナス0.3%を目指すのであれば、政策変更が必要になる」との声も聞かれており、長期金利が過去最低水準であった2016年9月のマイナス0.3%に迫る事態となれば、政策の抜本的な見直しが避けられないとの認識が窺えます。当時、日銀がYCCを導入したのは、長期金利が下がりすぎることで、債券の利回り曲線が平坦になり、金融機関や長期投資家の収益に悪影響を及ぼす「悪しき金利低下」を是正する目的があったためです。

SNS上では、「これ以上金利が下がると本当に年金が危ない」「アベノミクスの限界が見えた」「日銀は手の施しようがないのか」など、将来の老後資金2000万円問題に関する報告書への懸念と相まって、年金不安の議論が再燃し、金融政策の行方に対する不安や批判的な意見が多く見受けられました。国民の生活に直結する金利の「下げすぎ」は、日銀にとってまさに頭の痛い問題なのです。

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金利低下の要因と日銀のジレンマ

YCC導入前の金利低下は、日銀自身の国債「爆買い」によるものであり、その購入ペースを調整すればある程度コントロールが可能でした。しかし、今回のような金利低下の背景は、主にアメリカやヨーロッパの中央銀行が金融緩和に傾くとの観測が高まったことで、海外の金利が急激に低下したことにあります。その結果、利回り差を求めて投資家の国債購入が日本にも波及し、日本の長期金利も押し下げられる状況となりました。

海外発の金利低下という外部要因に対し、日銀が国債の購入量を一段と減らして金利低下を食い止めようとすれば、日本と海外の金利差が縮小し、円高を招くリスクが生じます。円高は輸出企業に打撃を与え、経済全体に悪影響を及ぼしかねないため、日銀としては安易に国債購入を抑制するという手は打ちにくいジレンマを抱えていると言えるでしょう。つまり、打てる手が限られている状況なのです。

当面は、米中貿易摩擦の先行き不透明感や、トランプ米大統領による米連邦準備制度理事会(FRB)への異例の利下げ圧力など、海外情勢の混乱が落ち着き、金利低下の圧力が一服するのを待つのが現実的な対応策でしょう。しかし、世界経済の不安定化は収まる気配を見せておらず、日銀は為す術がないように見えます。

「財政規律」を重んじてきた黒田総裁の意外な一言

このような打つ手が見当たらない状況で、黒田総裁が決定会合後の記者会見で放ったのが、ある意味「くせ球」とでも呼べる発言でした。それは、「仮に政府が国債を増発して歳出を増やしても、インプリシット(暗黙的)に協調的な行動がとられる」という言葉です。

財務省出身で、これまで財政の健全化を重んじてきた黒田総裁が、日銀の超低金利政策を背景とした政府の財政拡大、すなわち国債の増発をあえて容認すると解釈できる言い回しを用いたのは、極めて異例であります。この発言は、まるで政府による国債増発を促すかのようなメッセージを、市場に向けて投げかけたものと受け止められるでしょう。

なぜ、黒田総裁はこのような「くせ球」を投じたのでしょうか。現在の日本の国債市場は、日銀を含めて国債の買い手ばかりが並び、これが国債価格の上昇(金利の低下)圧力となっています。日銀の政策運営にとって重要なのは、金利が上がりすぎることを警戒するよりも、むしろ金利が下がりすぎる事態をいかに制御するか、という点にシフトしています。金利の「下げすぎ」を食い止めるには、国債の買い手を減らすか、市場に供給される売り物である国債の量を増やすしかありません。

つまり、この黒田総裁の言葉の背景には、「次は政府が国債を増発することで、日銀の金融政策と協調してほしい」という、日銀側の隠された期待が透けて見えるのではないでしょうか。私の意見としては、これは日銀の金融政策単独での「金利の下げすぎ」制御に限界が来ていることを示唆しており、金融政策と財政政策の連携、すなわち「ポリシーミックス」の必要性を、総裁自らが示唆せざるを得ない状況に追い込まれた結果だと考えられます。超金融緩和の長期化に伴い、日銀の政策運営は新たな難しい局面を迎えていると言えるでしょう。

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