2019年6月28日、ニューヨークから届いた経済ニュースは、世界最大の経済大国であるアメリカの企業経営が大きな転換期を迎えていることを示しています。アップルやシスコシステムズといった巨大企業が、自社株買いの枠をなんと兆円単位で積み増す動きが相次ぎ、主要500社による自社株買いは2019年も過去最高を更新する見通しだというのです。これは、トランプ政権による税制改革によって企業の“余力”が拡大したことが背景にありますが、同時に長引く米中貿易戦争による先行き不透明感が、企業に成長投資への「二の足」を踏ませている状況を如実に物語っています。
こうした「守りの姿勢」が、結果として余剰資金を株主還元へと向かわせる構図となっているのでしょう。株主還元とは、企業が得た利益を株主に分配することであり、主に「配当」と「自社株買い」の2つの方法があります。このうち、自社株買い(じしゃかぶがい)とは、企業が自社の発行済み株式を市場から買い戻すことです。これにより、市場に出回る株式の総数が減るため、一株あたりの利益(EPS)が高まり、株価の上昇に繋がりやすいというメリットがあるため、株価対策として非常に強力な手段とされています。
実際、米国の株式市場では、新たな自社株買いプログラムの公表が次々と続いています。例えば、米カジュアル衣料大手の**アバクロンビー・アンド・フィッチ(アバクロ)**は、5月の高値から株価が4割も下落した厳しい状況下で、発行済み株式数の10%超を買い入れる新たな計画を2019年6月14日に発表しました。最高経営責任者(CEO)のフラン・ホロビッツ氏は「長期戦略に自信を持っている表れだ」と投資家へ強く訴えかけており、株価の底上げと経営陣の危機感の裏返しとして、この大規模な自社株買いに踏み切ったことがうかがえます。
また、米IT大手では、進行中の自社株買い計画を増額する動きが目立ちます。アップルは、2018年5月に過去最大となる1,000億ドル(約10兆8,000億円)の購入枠を設けましたが、2019年4月末にはさらに750億ドルも増額しました。さらに、シスコシステムズも2019年2月に既存の買い入れ枠を150億ドル増額し、約240億ドルにまで拡大しています。積極的に株主へ還元する企業姿勢は市場から評価され、シスコの株価は2019年6月21日に年初来高値を更新するなど、株主還元が相場を支える大きな要因となっているのです。
増税改革の功罪と「自社株買いブーム」の構造
この自社株買いブームは2年目を迎えています。急増のきっかけは、2018年にトランプ政権が断行した税制改革です。法人税率が引き下げられたことで、主要500社の純利益は一気に2割も増加しました。加えて、海外に滞留していた企業の資金を国内に戻す際にも、低い税率が一時的に適用されることになったため、企業の資金的な余裕が劇的に増え、これが株主還元への強い動機付けとなったのです。
この流れは2019年も衰えていません。S&Pダウ・ジョーンズ・インディシーズのデータによると、主要500社による2019年1月〜3月期の自社株買い総額は2,058億ドルに達し、前年同期比で9%も増加しています。これは四半期としては過去2番目の大きさです。ゴールドマン・サックスは、主要500社の自社株買いと配当額の合計が1兆4,500億ドルに上り、企業の資金使途に占める割合が2007年以降で最大になると予想しており、自社株買いが米株式市場の「最大の買い手」として、相場の底堅さに繋がる重要な要素となっていると言えるでしょう。
成長投資の停滞と米中対立が生む「焦り」
しかし、この積極的な株主還元の裏側には、企業の「攻めの投資」が停滞しているという深刻な現実が隠されています。トランプ政権は減税によって企業の設備投資が大きく伸び、経済成長を押し上げると期待しましたが、米連邦準備理事会(FRB)の分析では「増加の兆候は明確ではない」と指摘されています。投資計画の決定には時間がかかるため、期待は2019年に持ち越されましたが、今なお設備投資の加速の兆しは見えていません。
2019年1月〜3月期の実質国内総生産(GDP)を見ても、設備投資は2018年10月〜12月期からすでに減速しており、その影を落としているのが、長期化する米中対立です。FRBが2019年6月5日に公表した地区連銀経済報告でも、企業が先行き不安から設備投資を先送りした事例が散見されました。さらに、M&A(合併・買収)にも異変が見られ、米モルガン・スタンレーのジェームス・ゴーマンCEOは、貿易戦争の長期化が「M&Aの助言業務で悪影響が見え始めた」と指摘しています。
2019年に決まった米M&Aの上位案件を見ても、同業同士の統合が目立っており、成長分野の開拓よりも、競争激化や景気減速に備えた「守りの色」が濃いと言えます。豊富な手元資金を遊ばせておけば、「物言う株主」のような市場の厳しい目から逃れられません。また、貿易戦争や景気不安で自社の株価も不安定な状況にあります。自社株買いに走る経営者たちの行動からは、設備投資ができないがゆえの「焦り」が透けて見えるような気がしてなりません。
企業の守りの戦略と投資家の視点
皮肉なことに、トランプ政権の税制改革は当初、米経済浮揚の切り札として期待を集めましたが、同じ政権が推し進める貿易戦争が、その税制改革による投資誘発を妨げるという構図が浮かび上がっています。この「守りの株主還元強化」は、投資家から必ずしも全面的な歓迎を受けているわけではありません。英シュローダーのダンカン・ラモント氏は、「米経済が拡大を続け、投資に税制上の利点があるにもかかわらず、高い水準での株主還元が行われている現状は注視すべきだ」と述べ、企業が将来の成長に対して悲観的な見方をしている表れだと示唆しています。
もちろん、株主にとっては株価が上がったり、配当が増えたりするのは喜ばしいことです。しかし、過度な株主還元は、将来の成長のための研究開発費や設備投資などの「攻めの投資」を抑制し、長い目で見て企業の成長力を削ぐ可能性もはらんでいます。私は編集者として、目先の株価対策ではなく、世界経済を牽引する米企業が、いかにして未来への投資を両立させるのか、そのバランスにこそ注目していくべきだと強く感じています。今後の企業の戦略と、それに対するSNSでの投資家や経済専門家の反応も引き続きウォッチしていく必要があるでしょう。
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