世界は今、「脱炭素化」という巨大な波の真っただ中にいます。2019年6月28日に開催を控えるG20大阪サミットでも、気候変動問題は主要な議題として議論される見込みです。この世界的な潮流は、もはや環境問題という枠を超え、企業の存続をも左右する重要な経営課題へと変化しています。特に投資家からの視線は厳しくなっており、企業はこれまで以上の迅速で戦略的な対応が求められています。
この記事では、環境経営のスペシャリストであるみずほ情報総研シニアコンサルタントの柴田昌彦氏へのインタビューに基づき、企業がこの変革期を乗り越えるために必要な具体的な取り組みと、その心構えを解説してまいります。激変するビジネス環境において、貴社が生き残るためのヒントをきっと見つけられることでしょう。
🌍 パリ協定とESG投資が企業経営を変える
まず、地球温暖化防止の国際的な枠組みである「パリ協定」についておさらいしましょう。これは2016年11月に発効し、それまでの京都議定書とは異なり、先進国だけでなく全ての国が温室効果ガス削減目標を公表する画期的な協定でございます。目標は、産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑えることで、近年ではさらに野心的な「1.5度」目標の議論も活発化しています。パリ協定は2020年から本格的に適用が開始され、日本は2030年までに2013年比で26%の削減を目標として掲げています。
日本企業を取り巻く環境の最も大きな変化は、「ESG投資」の急速な拡大にあります。ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を取ったもので、財務情報に加えてこれらの非財務情報を加味して投資先を選定する手法です。パリ協定以降、世界中で規模が拡大しており、日本でも本格化しています。ある調査によれば、日本のESG投資規模はパリ協定の前後で約70倍にも膨らんだといわれており、その象徴が年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による約1兆2000億円もの「カーボン・エフィシェント指数」での運用です。脱炭素化に対応できる企業を投資対象とするという、世界の明確な意思表示でしょう。
このESG投資の拡大は、パリ協定が「2度目標」を世界共通の目標としたことが背景にあります。各国が脱炭素化を目指す未来においては、炭素税のような規制や、電気自動車(電動車)普及促進のような優遇政策が導入される可能性が高まります。こうした政策の変化は企業経営に大きな影響を与えるため、投資家はリスクを早期に織り込む意味合いから、ESG情報に注目しているのです。
💡 企業が目指すべき削減目標「SBT」と再エネ調達
企業が真っ先に取り組むべきは、自社による排出削減です。脱炭素化への貢献を示すだけでなく、脱炭素社会でも事業継続が可能であるという展望を投資家に示すことにもつながります。大胆な排出削減目標を設定できる企業は、未来を見通した対策を講じているとして、投資家からの評価が高まる傾向にあるようです。
その目標設定の目安の一つが「SBT(Science Based Targets)」です。これは、パリ協定の掲げる「2度目標」の水準と整合した削減目標を企業単位で設定するイニシアティブで、影響力の強い非政府組織(NGO)などが主導しています。ESG投資の世界でもSBTの知名度は高まっており、日本企業の参加も活発化し、認定を得た企業数は世界第2位という状況です。SBTの目標水準は以前、基準年排出量から毎年1.23%の削減というものでしたが、新基準では最低年率2.5%へと引き上げられ、10年間で25%の削減を求められる厳しい内容となっています。
日本の省エネ法が求める年率1%の改善水準と比較しても、SBTの新基準は非常に高い要求であることは間違いありません。しかし、現在の企業には再生可能エネルギー(再エネ)電力を調達するという強力な手段が加わりました。省エネルギーと再エネ調達を組み合わせることで、この厳しい目標達成の道筋が見えてくるのではないでしょうか。
これまでは再エネ調達が難しいとされてきた日本ですが、状況は変わり始めています。再エネ電力メニューの組成に用いられる非化石証書については、以前は価格の高さやESG投資の評価要件との不整合が指摘されていました。しかし、今後は対象電源がFIT(固定価格買い取り制度)電源以外にも広がることで、価格の改善が見込まれるでしょう。また、グローバルスタンダードとの不整合についても、発電源情報を証書に載せるトラッキングという手法の導入により、解消される見通しでございます。
🌱 スコープ1・2・3を意識した長期的な戦略
ESG投資の世界では、企業の排出量は「スコープ1・2・3」に分類されます。再エネ電力の調達で直接的かつ大幅な削減が可能なのは、他社から供給された電気や熱などを使用することで排出される**「スコープ2」です。しかし、化石資源由来の直接排出量である「スコープ1」の領域も、長期的には大幅な削減が必須となります。
そのための手段として注目されているのが、カーボンフリーの水素の活用や、排出された二酸化炭素(CO2)を回収して貯留・利用するカーボンリサイクルの導入です。これらは一企業だけで成し遂げられるものではなく、産官の強力な連携が欠かせません。この観点から、日本政府が「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」において、カーボンフリー水素やカーボンリサイクルの実現への取り組みを掲げたことは、非常に大きな意義を持つと私は考えます。
📊 未来を予測し「シナリオ分析」で生き残りを図る
企業が考えるべきは、排出削減だけにとどまりません。最近では、よりリアルに脱炭素社会を描き、その社会像の中で自社のビジネスが存続できるかを検討する「シナリオ分析」を企業に求める動きが活発化しています。G20の要請で設立された作業部会である「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言において、このシナリオ分析は特に重要視されているのです。
シナリオ分析は、必ずしも脱炭素社会が実現するシナリオだけを想定するわけではありません。気候変動による物理的な影響が顕在化する社会においてこそ、事業の継続性が問われるような業種であれば、脱炭素化が成功しない社会もシナリオとして想定する必要があります。また、脱炭素社会を想定する場合でも、排出削減が可能かという点だけでなく、高まる炭素価格や脱炭素投資**に財務が耐えられるか、そして市場の変化に対応できるかといった多角的な視点からの検討が求められます。
世界全体がこれほど大きな変化に直面し、しかも変化の発生自体が不確実であるという、非常に難しい時代に我々は立たされています。気候変動への対応は、社会構造そのものを変え、企業経営を根底から揺さぶるとの懸念から、TCFDのような動きが生まれてきました。企業にとって、これらの取り組みは投資家対策という側面以上に、自社の生き残り戦略の検討であるという意識を持つべきでしょう。どのような未来が訪れても大丈夫であると言えるよう、複数の未来を真剣に想定し、生き残るために何が必要かを検討することが極めて重要となります。
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