【芥川賞作家の最新作】田中慎弥氏が探る「作家という存在」――読者を惹きつける異色作『ひよこ太陽』の魅力とSNSの反響

芥川賞作家である田中慎弥氏の最新長編小説『ひよこ太陽』が、2019年6月29日に新潮社より刊行されました。近年、政治や戦争といった社会性の高いテーマに深く切り込んだ作品を発表してきた田中氏ですが、今作の題名は「ひよこという小さなものと、太陽という大きなものの対比」という、文学的な響きを持ちながらも、その内容を想像しにくいインパクトが際立っています。物語の主人公は、東京で小説を執筆している「田中」という名の作家です。彼の日常には、傾いた空、白っぽい帽子をかぶった男の子、さらにはたんぱく質を信仰しているという女性など、どこか捉えどころのない、不思議な要素が次々と現れます。

この連作短編を通じて通底しているのは、主人公が郷里の母親から依頼された、友人「G」の息子を探すというミッションです。田中氏は、この「G」のイニシャルが示唆するものについて、「GOD(神)」ではないかと語っています。すなわち、いるのかいないのかも定かではない、漠然とした存在に、つい縋ってしまうのが人間なのではないか、という問いかけが込められていると言えるでしょう。作者自身も認めているように、本作は「私小説に限りなく近いフィクション」であり、作家が自らの存在、あるいは自分自身を探求する「作家が作家を書いた小説」という、異色かつ非常に興味深い構造を持っています。

作中で、主人公は「書きあぐねる」という状況に陥りますが、作者はこうした描写を通して「自分を客観視し、叱咤し、一息ついて、次にいける」という感覚を得たそうです。主人公と同様に、田中氏自身も「筆が乗ることはほとんどない」と語る一方で、会話文の執筆は楽しかったと言います。特に印象的なのは、夕飯前にカツサンドを食べたがる女性に対し、主人公が制止できなかったことを、当の女性が主人公を咎めるという、なんともユーモラスで秀逸なシーンです。

田中氏は、一般的な男性が強く意見を述べる際、ジェンダー的に用意された「男の強さ」を背景にすることが多いのに対し、女性は「その人の言葉で言おうとすることが多いのでは。だから訳が分からない」と分析します。つまり、このシーンは、女性の理不尽な理屈と、それをうまく受け止めきれない傲慢な男性の姿をデフォルメすることで、読者のおかしさを誘っていると言えるでしょう。このように、ジェンダー観やコミュニケーションの機微を鋭く捉えた描写は、読者の共感を呼ぶはずです。また、田中氏は読者を広げる意味でも、恋愛要素の入った作品には関心がある、とも述べており、今後の作品展開にも期待が高まります。

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📚読者の反応と、作家が今見据える文学賞の行方

田中慎弥氏の最新作に対するSNS上での反響は、「難解だが、癖になる独特の世界観」「日常に潜む違和感の描写がすごい」「会話のやり取りが面白すぎる」といった声が多く見受けられます。主人公が作家であるという設定と、現実と非現実の境界が曖昧なストーリー展開は、読者に深い考察を促すとともに、作品の持つ独特なユーモアと相まって、大きな魅力となっているようです。芥川賞受賞作『共喰い』などで知られる田中氏の、文学者としての自己探求の姿勢が、多くの読者を惹きつけていることが窺えます。

この作品が発表された直後、間もなく芥川賞の選考会が控えていた時期ですが、田中氏は文学賞に関する話題に触れ、「今は芥川賞より、本屋大賞じゃないですか」と発言しました。本屋大賞は、全国の書店員が投票によって選出する賞であり、近年はここからベストセラー作品が相次いで生まれています。かつて芥川賞を受賞した際、「もらっといてやる」という発言で世間の注目を集めた田中氏ですが、もし本屋大賞に選ばれたらという質問に対しては、「ありがたく頂戴します」とコメントしています。この言葉からは、かつての反骨精神を覗かせつつも、広く読者に作品を届けたいという、作家としての真摯な思いが感じられます。田中慎弥氏の『ひよこ太陽』は、作家の存在とは何か、人間とはいかなるものかという根源的な問いを、軽妙で時にシニカルな筆致で描き切った、まさに現代文学の一つの到達点と評価できるでしょう。

(新潮社より、単行本価格1,550円〈税別〉で刊行されています。)

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