2019年5月30日、日米外交の舞台裏で緊張が走っています。きっかけは、去る27日の日米首脳会談冒頭で、トランプ米大統領が放った一言でした。「たぶん8月には我々は何かを発表できるのではないかと思う」。この突然の「8月発表」宣言に、日本政府関係者の間には衝撃が広がりました。なぜなら日本側は、夏の参議院選挙が終わるまで交渉を長引かせ、選挙後に首脳間で「大枠合意」をまとめるというシナリオを描いていたからです。
トランプ氏の発言は、あくまで「発表(announcing)」であり、「合意(agreement)」とは言っていません。そのため、政府内では「トーンは強くない」と火消しに走る向きもありますが、額面通りに受け取るわけにはいきません。来年に大統領選挙を控えたトランプ氏が、日本に対して早期の成果、つまり「目に見える勝利」を求めてプレッシャーをかけてきたと見るのが自然でしょう。
「大枠合意」とは何か? 9000品目のパズル
ここで、ニュースで頻繁に耳にする「大枠合意」という言葉について解説しておきましょう。これは、貿易協定において、自動車や農産物といった主要な品目の関税率やルールについて、政治レベルでおおよその方向性を握手して決めることを指します。しかし、それで終わりではありません。実際に協定を結ぶには、約9000にも及ぶ全貿易品目について、一つひとつ関税をどうするか詳細を詰める実務作業が必要であり、これには膨大な時間がかかります。
SNS上では、このニュースに対して疑心暗鬼の声が渦巻いています。「参院選が終わるまで、国民に不利な合意内容を隠すつもりではないか」「8月発表ということは、選挙前に実質的な譲歩をする裏約束があるのでは?」「農業が犠牲になるのが怖い」といった、政府の説明不足や密室交渉を懸念するコメントが相次いでおり、世論の不信感は高まるばかりです。
6月か、9月か。錯綜する3つのシナリオ
では、今後の展開はどうなるのでしょうか。最も現実的なメインシナリオは、9月下旬の国連総会に合わせた合意です。8月には日米首脳会談の予定がないため、「8月発表」という言葉は、交渉の加速を意味するアドバルーンだと捉え、実質的には参院選後の9月にニューヨークで握手をする。これなら、来年の通常国会で承認を得て、トランプ氏の大統領選キャンペーンにも間に合います。
しかし、警戒すべきは「6月合意」の早期シナリオです。2019年6月下旬には大阪でG20サミットが開かれ、トランプ氏が再来日します。もしトランプ氏が成果を焦り、ここで決着をつけるよう迫ってきたらどうなるか。ライトハイザー米通商代表部代表は中国との交渉で手一杯との見方もありますが、予測不能なトランプ氏のこと、トップダウンで強引に大枠合意を求めてくる可能性もゼロではありません。
国益を守るための「時間」との戦い
一方で、交渉が難航するシナリオも忘れてはなりません。日本は農業関税の引き下げをカードに切る代わりに、自動車関税の撤廃を求めていますが、対日貿易赤字を減らしたい米国にとって自動車での譲歩は簡単ではありません。もし交渉がこじれれば、トランプ氏が痺れを切らし、自動車への追加関税や数量規制といった強硬手段をちらつかせてくる恐れもあります。
コラムニストとして私自身の考えを述べさせていただくならば、今の日本外交に必要なのは、トランプ氏のペースに惑わされない「胆力」です。選挙日程という国内の都合も重要ですが、それ以上に大切なのは、自動車産業と農業という国の基幹産業をどう守り、未来につなげるかです。焦って不平等な協定を結ぶくらいなら、堂々と時間をかけて交渉すべきでしょう。「ウィンウィン」という言葉が単なるスローガンに終わらないよう、政府の粘り強い交渉力に期待したいところです。
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