日本の製薬業界の盟主である武田薬品工業が、歴史的な巨額買収をめぐり、株主との間で真っ向から意見を戦わせる事態となっています。同社が2019年6月27日に開催する定時株主総会において、企業買収などで将来的に損失が発生した場合に、会社側の責任を追及できるという、非常に異例な株主提案の賛否が争点になることが、5月29日に開示された総会の招集通知で明らかになりました。この提案は、まさに経営陣の責任の取り方をめぐる、現代的なコーポレート・ガバナンスのあり方を問うものだと言えるでしょう。
この株主提案の中核にあるのが、「クローバック条項」の導入要求です。クローバック条項とは、企業に大きな損失や不正行為が発生した際、過去に遡って経営陣が受け取った報酬の返還を請求できる仕組みのことです。これは、2008年のリーマン・ショック以降、損失や不祥事の責任を明確にするために、欧米の金融機関を中心に導入が進んできた制度です。日本国内でも、野村ホールディングスや三井住友フィナンシャルグループなどの大手金融機関がすでに採用されており、経営陣に対する規律を強化する手段として認識されています。提案側は、この制度を導入することで、シャイアー買収によって将来的に減損損失などの問題が生じた場合に、取締役の責任を追求する狙いがあると考えられます。
しかし、会社側は招集通知の中で、この株主提案に対して明確に反対する方針を示しています。会社側の主張としては、現行の報酬制度においても、取締役の業績に応じて報酬額が変動する仕組みや、損害賠償責任を問う規定などが存在しており、クローバック条項をあえて導入する必要はない、という立場である可能性が高いでしょう。この対立は、約6兆2,000億円という巨額を投じたアイルランドの製薬大手シャイアー買収に対する、一部株主の根強い懸念を象徴していると言えるでしょう。
この株主提案を提出したのは、武田薬品のOB株主や一部の創業一族で構成される有志団体「武田薬品の将来を考える会」です。この団体は、武田がシャイアー買収を決議した昨年12月の臨時株主総会においても、買収に反対する運動を展開し、注目を集めました。その臨時総会では、買収への反対票が約9%集まったものの、結果として9割以上の賛成票をもって買収が決定しています。今回の株主総会は、この巨大買収に対する賛否の攻防が、場所を移し、より具体的な経営責任の追及という形で再び繰り広げられることになります。
私見ですが、このクローバック条項をめぐる攻防は、単なる会社と一部株主の対立にとどまらず、買収プレミアム、すなわち買収額に上乗せされた価値に見合うだけの成果を、経営陣が将来的に出せるのか、という信頼性の問題が根底にあると感じています。巨額買収は、企業の未来を左右するハイリスク・ハイリターンな賭けです。リスクを取った経営陣に対して、成功時には大きな報酬が与えられる一方で、失敗時には厳格な責任を求める仕組みが必要不可欠でしょう。この提案は、武田薬品という日本を代表する企業において、グローバルスタンダードに即した経営規律を求める、健全な株主の声だと評価すべきでしょう。
報酬の透明性と総会開催地の変更
「武田薬品の将来を考える会」による株主提案は、クローバック条項の導入要求の他にも、重要な内容を含んでいます。それは、「金額にかかわらず取締役報酬を個別開示するように定款を変更する」というものです。役員報酬の個別開示は、投資家が経営陣の報酬が妥当であるかを判断するための重要な情報であり、コーポレート・ガバナンスの透明性を高める上で非常に重要です。この提案が通れば、武田薬品の経営の透明性はさらに向上することになるでしょう。報酬の個別開示は、特に海外投資家から強く求められる傾向があり、武田薬品がグローバル企業として国際的な信頼性を高める上でも、避けて通れない議論だと言えます。
なお、武田薬品はこれまで慣例として大阪市内で定時株主総会を開催してきましたが、今回は異例にも横浜市で開催されます。この会場変更の意図については定かではありませんが、一部では、買収反対派の株主が多く集まる大阪を避ける目的があるのではないかという憶測も飛び交っているようです。いずれにせよ、6月27日の定時株主総会は、武田薬品がシャイアー買収という大きな決断を下した後の、経営陣の責任と、今後の企業統治のあり方をめぐる、熱い議論の場となることは間違いありません。多くの投資家がその行方を固唾をのんで見守っていることでしょう。
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