2019年5月31日、欧州の銀行業界は大きな岐路に立たされています。2010年代に発生した欧州債務危機を乗り越え、多くの大手銀行が自己資本比率などの財務状況を着実に改善させてきました。これは、主に普通株式や過去の利益の蓄積である狭義の中核的自己資本(CET1)を充実させることで、金融危機などの損失を吸収する力を高めてきた証左だと言えるでしょう。実際に、欧州銀行監督機構(EBA)のデータによれば、2018年末時点のCET1比率は平均14.4%と、2015年末から1.5ポイントも向上しています。経営再建中のドイツ銀行を含め、主要な銀行の多くが健全性の目安とされる12%を上回る水準に達しているのです。
しかしながら、この喜ばしい財務改善の裏側で、銀行業界には重苦しい空気が漂っています。これまで行ってきたリストラや資産売却による「分母(リスク量で重み付けした資産)」の縮小で自己資本比率を高めてきた側面が強く、本業である「分子(収益)」をどう拡大していくかという、次の「攻めの一手」が見えてこないためです。このままでは、規模を縮小しながら現状を維持する**「縮小均衡」に陥ってしまうのではないか、という懸念が現実味を帯びています。長引く低金利環境や激しい競争が続く中で、新たな収益源を確保することは容易なことではないでしょう。
たとえば、イタリアの大手銀行ウニクレディトは、2019年5月7日に傘下のオンライン銀行であるフィネコの株式17%分を売却し、連結対象から外すことを発表しました。これにより約10億ユーロ(当時のレートで約1220億円)の資金を調達し、4月~6月期にはCET1比率が約0.2ポイント上昇する見込みです。ジャンピエール・ムスティエ最高経営責任者(CEO)は、「貸し出し余力をさらに高めるのが目標だ」と説明していますが、これは目先の財務健全性を高めるための措置であり、将来的な収益力向上に直結する「攻め」の戦略**とは言い難い状況なのです。
📉景気減速と投資銀行部門の不振が重くのしかかる
特に、2019年1月~3月期の決算では、投資銀行部門の不振が目立っています。この部門は、欧州の銀行にとって全体の利益の2~3割を占める重要な柱です。ところが、欧州域内の景気減速や企業活動の停滞の影響で、株式や債券の引き受け手数料、企業助言などの利益が大きく落ち込みました。英国のバークレイズは最終黒字に転じたものの、投資銀行部門の税引き前利益は前年同期比で約3割減という厳しい結果となりました。また、スイスのUBSやクレディ・スイスも、引受手数料が2桁の減少を記録しています。
調査会社リフィニティブのデータによれば、欧州企業を対象としたM&A(合併・買収)の案件総額は、2019年1月~3月期に1120億ドルと前年同期より約7割も激減しており、この数字は、景況感が陰り始めている欧州企業の厳しい現状を雄弁に物語っています。対照的に、米州企業を対象とした案件が3%増の5552億ドルであったことを考えると、欧州の特殊な厳しさが際立ってしまうと言えるでしょう。フランスのソシエテ・ジェネラルも投資銀行部門の利益水準が4年前の4分の1程度にまで落ち込んでおり、個人向け金融サービスに注力する方向へ舵を切っていますが、地盤であるフランス事業も収入の減少傾向が続いており、苦境は深まるばかりです。
このような状況に対し、物言う株主として知られるエドワード・ブラムソン氏は、バークレイズに対して投資銀行部門の縮小を繰り返し要求しています。投資銀行部門は高いリスクを伴いますが、その分大きなリターンも期待できる「攻め」の部門です。しかし、現状のように利益が伸び悩む状況が続けば、その存在意義が問われかねません。株式市場もこれに対しては厳しい評価を下しており、欧州の主要600社で構成される株価指数**「ストックス600」**が2018年末から5月29日までに10%上昇したのに対し、銀行株指数は横ばいに留まっています。
💡再編の機運は高まらず、政治・経済の不安定さがリスクを増幅
生き残りの道を切り開くはずの業界再編も、期待通りには進んでいません。ドイツ銀行とコメルツ銀行の統合交渉が破談になったことは、その象徴と言えるでしょう。規模を拡大し、コスト削減と収益の多角化を目指すというシナリオは、目下のところ実現が難しい状況なのです。これは、ポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりや、英国のEU離脱問題(ブレグジット)の混迷、牽引役であったドイツの製造業の低迷、そして低成長に加えて政局が不安定なイタリアの状況など、欧州全体の政治・経済情勢の不安定さが大きく影響しています。
SNS上では、「自己資本比率を上げても景気が悪ければ意味がない」「低金利で銀行が稼ぐのはもう限界では?」といった、現状への厳しい意見が多く見受けられます。また、「投資銀行部門を縮小して、もっと個人や中小企業向けの金融サービスに注力すべき」という、ブラムソン氏と同様の意見も散見されており、一般の読者も欧州銀行が抱える構造的な問題に注目していることが伺えます。私の意見としては、金融機関の財務健全化は、まさしく次の成長への土台を築く「守り」の重要な一手であったと評価できます。しかし、その「守り」が一巡した今、リスクを恐れずにデジタル技術への投資や、新たなビジネスモデルの構築といった「攻め」の姿勢を見せなければ、この**「縮小均衡」という名の緩やかな衰退を避けることはできないのではないでしょうか。
欧州の銀行には、政治・経済に再びショックが走った際に、その財務体力が改めて問われるという潜在的なリスクが常に付きまとっています。財務改善という努力が水の泡とならないためにも、今こそ、これまでの「守り」から脱却し、未来への明確な収益回復戦略**を描き出すことが急務であると言えるでしょう。
コメント