近年、日本を訪れる外国人観光客の数は飛躍的に増加していますが、その主役は、2018年のデータで見ると、やはり中国からのお客様が約838万人、そして韓国からのお客様が約754万人と、両国で大半を占めていたことが分かります。しかし、注目すべきは、前年比の伸び率です。ベトナムが約26%増、フィリピンが約19%増と、東南アジアの新興国が著しい成長を見せています。
これらの新興国では、経済発展に伴って「中間所得層」と呼ばれる、消費意欲の高い層が急増しています。これは、日本での滞在中に「モノ」を買うだけでなく、体験やサービスを重視する「コト消費」に親しんだ人々が、帰国後も同様の消費行動を継続する、非常に有望な「帰国後消費」市場へと変貌する可能性を秘めていると言えるでしょう。
日本国内で培われた質の高い「コト消費」、すなわち単なる商品の売買ではなく、体験やサービスそのものを価値として提供するビジネスを海外で展開するには、現地に店舗や施設を実際に構築する必要があります。もちろん、SNSやデジタル技術を駆使した集客やマーケティングも欠かせませんが、それ以上に重要となるのが、現地での人材確保や、施設の適切な管理、そして日本のサービス水準を維持するための、泥臭くも大切なアナログな努力です。
こうした海外進出は、成功すれば大きな果実を得られますが、実は計画通りにいかず、無念の撤退を余儀なくされる事例も少なくありません。例えば、清掃や飲食などのサービス事業を展開するダスキンは、2019年3月に中国本土におけるドーナツチェーン「ミスタードーナツ」事業からの撤退を決定しました。主な要因は、現地の人件費をはじめとする運営コストが継続的に上昇し、事業の採算が極度に悪化したためです。
また、定食チェーンの「大戸屋ごはん処」を展開する大戸屋ホールディングス(HD)も、2016年に中国・上海の現地子会社の清算に踏み切りました。同社は、自社直営ではなく「フランチャイズ」という、本部がブランドや経営ノウハウを提供し、現地パートナーが資金を出して運営する方式で展開しましたが、信頼できるパートナーを見つけることが困難であったり、日本と同じ品質の食材や商品を安定して調達することが難航したりしたことが、大きな障害となったのです。
さらに、海外、特にアジア圏で事業を展開する上では、事業そのものの課題とは別に、「地政学的なリスク」も無視できません。例えば、尖閣諸島を巡る問題が起こった際には、中国国内で日本の製品やサービスに対する排斥運動が発生したように、政治的な対立が消費者の行動に直接的な影響を及ぼすリスクが常に存在します。日本企業は、高品質なサービスや商品を提供するだけでなく、このような予期せぬ外部要因にも耐えうる、柔軟で強固な事業戦略を構築する必要があると言えるでしょう。
日本の「コト消費」が海外で勝ち残るための戦略的視点
これらの事例から見えてくるのは、「コト消費」の海外展開は、単に日本の成功モデルをそのまま持ち込むだけでは成立しないという厳しい現実です。私は、日本のきめ細やかなサービスと高品質な体験こそが世界で通用する強みだと信じています。しかし、その根幹を支える「人材の育成」と「品質の維持」というアナログな要素を、どのように現地化し、コストをコントロールするかが、今後の鍵となるでしょう。
SNS上では、こうした日本企業の海外撤退のニュースに対して、「日本のサービスは細かすぎて、現地では逆にコスト高になるのでは?」「現地の人材に日本の『おもてなし』を教え込むのは至難の業だ」といった、人材と品質維持の難しさを指摘する声が多く見受けられます。新興国市場は確かに魅力的ですが、撤退事例を教訓とし、現地の市場環境、人件費、そして政治的リスクを徹底的に分析した上で、慎重かつ大胆に、日本の「コト消費」を世界へ羽ばたかせて欲しいと切に願っています。
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