今、海運市場で異変が起きています。石炭や穀物といった資源を大量に運ぶ中型ばら積み船(パナマックス型、載荷重量約8万トンが指標です)の用船料(船を借りるための費用)が、わずか数カ月で劇的な上昇を見せています。この用船料は、主要航路の平均で1日あたり1万ドル前後に達し、これは低迷していた2019年2月初旬と比較して2倍以上という驚きの水準です。この1万ドルという節目は、同年1月初め以来、実に約5カ月ぶりの高値圏となります。
この急騰の最大の要因と見られているのが、石炭の一大輸出国であるインドネシアの制度変更です。同国は2019年2月から、石炭輸出時に自国の保険会社の利用を義務付ける新しい制度を導入しました。調査会社トランプデータサービス(東京・千代田)によりますと、「2019年6月からはこの制度に対する罰則の適用が始まる」とのことで、これに間に合わせるため、特に中国向けなどの石炭の駆け込み輸送需要が急増している状況です。
そもそも用船料は、2018年12月中旬から1カ月半ほどで6割も下落するという低迷期を経験していました。これは、主要輸入国である中国の厳しい環境規制や暖冬で、石炭の荷動きが鈍ったことが原因です。しかし、2019年2月初旬以降はインドの石炭需要が好調だったことで持ち直し、さらに今回のインドネシアの規制強化が加わり、用船料の上昇に拍車がかかっています。現在の水準は、前年の同時期とほぼ同じレベルにまで回復しているのです。
もちろん、海運市場の動向は一筋縄ではいきません。特に穀物輸送の分野では、米中貿易摩擦の再燃が影を落としています。2019年5月に入り、この対立が再び激化し、大豆などの穀物の荷動きへの影響が注目されているところです。2018年には中国が米国産大豆に対して報復関税を課した際、大手海運会社からは「マーケットの下支えになった」という声も聞かれました。これは、中国が米国産ではなく輸送距離の長いブラジル産を代替調達する動きが活発化し、船の稼働が増えた結果、船腹(船舶の貨物積載スペース)の不足感が強まったためです。
しかし、現在の市場には、これを打ち消すほどの大きな懸念材料が存在しています。それが、中国で2018年に発生し、全土に拡大している家畜伝染病のアフリカ豚コレラです。この病気の拡大により、大量の豚が殺処分されています。その結果、豚の飼料となる穀物、特に大豆などの需要が大きく鈍化しているのです。この状況下では、たとえ米中対立が激化し、中国がブラジル産大豆への依存度をさらに高めたとしても、全体の穀物需要の減少が相殺し、海運市況を強く押し上げるまでには至らない、という見方が支配的になっています。
このような市場の不透明感は、SNSでも大きな反響を呼んでいます。「インドネシアの保険義務化で船賃が倍なんて、まるでゲームのルール変更みたいだ」「貿易摩擦で輸送ルートが変わると思ったら、次は疫病で需要そのものが減るのか、海運は本当に予測が難しい」といった、驚きと戸惑いの声が数多く見受けられます。中型ばら積み船の用船料の行方は、貿易規制、地政学的な対立、そしてまさかの家畜の疫病という、複雑な要因が絡み合う中で、誰も確信を持って予測できない状況でしょう。
🚢夏場の石炭需要とインドのインフラ問題
例年、6月ごろは、電力会社が夏場の電力需要期に備えて石炭の在庫を積み増す大切な時期にあたります。インドでは、石炭の自国生産を増やす動きが見られるものの、炭鉱から発電所までの鉄道などの国内インフラ整備が追いついていないのが実情です。このため、インドは依然として海外からの輸入に頼らざるを得ない状況が続いています。2018年には、在庫が危機的に逼迫する発電所が多数確認されました。
しかし、最近の状況はやや落ち着きを見せています。インド中央電力庁の発表によると、先週半ば時点での電力プラントの石炭在庫は、約3カ月前と比較して2割多い水準にあります。さらに、在庫が危機的に不足しているプラントも、以前の5カ所から1カ所にまで減少しました。もちろん、熱量などの特性から輸入炭を使う必要がある発電所も存在するため、全体としての需要は堅調です。ただ、トランプデータサービスによると、「一時期ほどの逼迫感はなくなっている」とのことです。
私見を述べさせていただきますと、今回の用船料の急騰は、一時的な制度変更の特需と、例年通りの季節的要因が重なった結果であると言えます。特にインドネシアの規制強化は、海運会社にとっては追い風ですが、本来は国内産業保護を目的とした動きであり、貿易の障壁となりかねません。一方、中国の飼料需要の減少は、海運会社にとって長期的な懸念材料です。私は、一過性の特需に踊らされることなく、アフリカ豚コレラによる穀物需要の減退という、より本質的で構造的な変化に、より注目すべきだと考えます。この疫病の影響が、米中貿易摩擦による航路変更効果を上回り、市況の上値を押さえる可能性が高いと見ているからです。海運市場は、常に予期せぬリスクとの戦いを強いられていると言えるでしょう。
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