2019年5月25日に閉幕した第72回カンヌ国際映画祭は、華やかなセレモニーの裏側で、映画界の未来を占うような大きなテーマを抱えていました。運営側は「女性の権利向上」への積極的な姿勢を打ち出し、同時に、映画館での上映を重視する動画配信事業者(VOD)の作品を事実上締め出すという、従来の方針を堅持したのです。この二つの大きな論点は、映画祭を巡る世界的な議論を象徴しています。
しかし、こうした映画祭側の主張は、来年以降も通用するのでしょうか。運営は昨年の約束を果たした形ではありますが、今後の見通しについては明確な発言を避けており、その沈黙が、不透明な未来を物語っていると言えるでしょう。
🇺🇸ハリウッドの巨匠を襲った**#MeTooの波とSNSの「炎上」
クエンティン・タランティーノ監督は、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットというハリウッドの二大スターが共演する話題作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を引っ提げ、満を持してカンヌ入りしました。しかし、公式上映翌日の記者会見で、彼の不機嫌な様子が目立ったのです。その発端は、アメリカ人女性記者からの「才能ある女優を起用しているのに、なぜあまりセリフを与えなかったのか」という、作中での女性の描かれ方に関する鋭い質問でした。
タランティーノ監督は「あなたの仮説は受け付けない」と質問を強く否定しましたが、この振る舞いはネット上で瞬く間に「炎上」しました。作中のシャロン・テート役を演じたマーゴット・ロビーさんは「敬意を持って演出された」と監督を擁護したものの、SNSでは「権威的な態度だ」「女性の視点を軽視している」といった批判的な反響が広がり、監督の発言自体が不適切であると問題視されたのです。これは、作品の表現の領域にまで、男女平等を求める世論の厳しい目が注がれていることを示しています。
映画祭運営側は、開幕前に男女平等を目指す憲章に署名した昨年の誓約に基づき、全スタッフに占める女性の割合(48%)、公式セレクションに占める女性監督の割合(27%)など、具体的な数字を公表しました。さらに、コンペ部門での女性監督作品を前年より一つ増やしたり、審査員に21歳の若手女優エル・ファニングさんを起用するなど、女性の権利向上への取り組みを積極的に見せています。しかし、欧米メディアは数字的な公平性だけでなく、作品そのものの表現内容についても厳しくチェックする姿勢を見せており、その視線は作品を選ぶ映画祭運営者にも向けられているのです。
🇫🇷名優アラン・ドロンの名誉パルムドール授与に巻き起こった大論争
カンヌ国際映画祭で最も大きな議論を呼んだのは、フランスの大俳優アラン・ドロンさんへの名誉パルムドール授与を巡る問題でした。パルムドールとは、カンヌの最高賞のことで、名誉パルムドールは生涯の功績を称える賞です。これに対し、ドロンさんが過去に同性愛を否定するような発言をしたことや、女性に平手打ちをしたことがあると発言していたことから、女性団体や人権団体が強く抗議しました。
ティエリー・フレモー総代表は、「これはドロン氏のキャリアをたたえるものであり、ノーベル平和賞を与えるわけではない」と釈明に追われました。スターが何をしても許されるという時代ではないものの、「輝かしいキャリア」と「個人の人格」を同列に並べて評価すべきなのかという点には、確かに疑問の声も上がっていました。フレモー総代表の「人をたたえるのが難しい時代になった」という言葉には、多様性と公平性を同時に実現することの難しさがにじみ出ており、現代社会の価値観の複雑さが浮き彫りになったと言えるでしょう。
📱配信事業者vs.劇場公開:映画祭の主張はいつまで貫けるか
カンヌ映画祭が「映画はスクリーンで見るもの」という主張を象徴的に示したのが、オープニング作品『ザ・デッド ドント・ダイ』を公式上映と同時にフランス国内の一般劇場で公開したことです。これは初めての試みであり、フランス国内の映画興行を盛り上げ、国を挙げたお祭りムードの創出に一役買いました。
映画祭側が劇場公開作品にこだわるのは、フランス国内に、劇場の売り上げの一部を映画祭や映画製作の資金に充てるという特別な制度があるため、興行主への配慮が必要だからです。しかし、ネットフリックスだけでなく、ディズニーやアップルといった巨大企業が動画配信事業に参入しており、この流れを無視できない状況になってきています。フランスの大手紙ル・モンドも、「映画祭では誰もこの問題に触れなかったが、皆が考えていた。来年以降、きちんと向き合う必要がある」と述べており、「配信規制」を今後も維持できるかは、非常に不透明な状況にあると言えるでしょう。私は、映画の「多様な鑑賞スタイル」を拒否し続けることは、世界的な映画文化の発展という観点から見ても、得策ではないと考えます。
🇯🇵日本の映画界が学ぶべき国際共同製作の視点と激化する米中対立の影響
今年のコンペティション部門では、日本人監督の作品は選出されませんでしたが、開催国フランスの存在感は際立っていました。全21作品のうち、フランス国籍の監督作品が6本選ばれただけでなく、オーストリアのジェシカ・ハウスナー監督作『リトル・ジョー』など、なんと16本もの作品がフランスとの共同製作に名を連ねていました。これは、自国のみで全ての資金を調達することが難しくなったという背景がありますが、商業性よりも芸術性を重視し、良質な作品を世界に送り出す方法として注目されています。
日本は、自国監督の選出に一喜一憂するだけでなく、国際的な共同出資によって世界の映画界に貢献するという、よりグローバルな視点を持つべきでしょう。
また、映画の取引を行う見本市「マルシェ・ドゥ・フィルム」では、昨年に続き参加者が減少しました。動画配信事業を主とするアメリカのバイヤーが減ったことに加えて、今年は中国のバイヤーが大幅に減少したそうです。これは、中国当局による検閲があることに加え、米中間の貿易摩擦**などの政治問題の影響で、アメリカ映画が公開できないリスクが生じていることが原因だと見られています。
映画の創作だけでなく、映画祭の運営自体も、現在の社会情勢や国際政治の影響から逃れることはできません。世界的な知名度を誇るカンヌ国際映画祭であっても、時代の変化への対応を怠れば、間違いなく「新しい波」に乗り遅れてしまうでしょう。この第72回カンヌ国際映画祭は、映画界全体が大きな岐路に立たされていることを、はっきりと示しているのです。
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