東京工業大学の田中幹子准教授らの研究チームは、山形大学、そしてアメリカのハーバード大学との国際共同研究により、長年の謎であった生物の手足の形の進化に、環境中の酸素の量が深く関わっているという画期的な発見をいたしました。私たち人間を含め、陸上生物が持つ明確な指の形は、高濃度の酸素が存在する環境で体が形成されることによって、指と指の間にある水かきに相当する部分の細胞を、あえて死滅させることで作られていたというのです。この驚くべきメカニズムは、生物が水中から陸上へと進出し、新しい環境に適応していく過程で獲得されたものだと考えられています。
この研究の核となる実験は、アフリカツメガエルを用いて実施されました。手足の指が形成される発生段階、すなわちオタマジャクシの時期に、通常よりも約3倍もの高濃度に酸素が溶け込んでいる水中で、わずか6時間だけ飼育したところ、驚くべき現象が確認されました。指と指の間にある細胞に「酸化ストレス」という、細胞にとって一種のダメージとなる負荷がかかり、本来であれば起きないはずの細胞の死、すなわちアポトーシスが一部の細胞で見られたのです。アポトーシスとは、多細胞生物が持つ、計画的かつ遺伝子にプログラムされた細胞の自然な死のことで、体の形成や機能の維持に不可欠な仕組みです。
今回の研究は、細胞が死ぬか生き残るかを決める要因として、外部環境の酸素の量が直接的に影響を与えていることを、史上初めて具体的に示したものです。両生類であるカエルは、指と指の間の細胞の成長速度に差をつけることで手足の形を作っていますが、爬虫類や哺乳類などの陸上生物、特に私たちヒトは、このアポトーシスという細胞死のプロセスを利用して、水かきのない独立した指を形作っています。
従来、水中の生物から陸上の生物へと進化する中で、なぜ、そしてどのようにしてこの「細胞死を利用して指を作る」という仕組みが獲得されたのかは、生物学における大きな謎でした。しかし、本研究で、高濃度の酸素が細胞死を誘発する引き金となっていることが判明したことで、進化の道筋が鮮やかに見えてきました。研究チームは、太古の生物が陸上に進出した際に、大気中に含まれる高濃度の酸素に適応するためにこの細胞死の仕組みを後天的に獲得したと推測しています。この発表は、2019年6月24日に公にされ、研究成果は国際的な学術誌に掲載されると同時に、SNS上では「進化の歴史のピースが一つ埋まった!」「環境が体を形作るという壮大な物語」「カエルを使った実験結果が示唆に富んでいる」といった、科学への深い関心を示すコメントが多数寄せられており、大きな反響を呼んでいます。
私見を述べさせていただくと、本研究は、生物の形が遺伝子だけでなく、環境からの物理的な要因、すなわち酸素濃度といった極めてシンプルな要素によってもダイナミックに変化し得るという事実を突きつけました。これは、生命の進化の柔軟性、そして環境適応能力の高さを示す、非常に重要な知見だと思います。この発見は、今後、先天性の手足の形成異常に関する研究や、再生医療の分野にも新たな視点と可能性をもたらすでしょう。生命の神秘にまた一歩近づいた、素晴らしい研究成果だと言えるでしょう。
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