2019年12月17日現在、日本が進めてきた異次元の金融緩和は開始から7年近くが経過しようとしています。しかし、掲げた「物価安定目標2%」の達成はいまだに遠い霧の中にあります。果たしてこれは、これまでの金融政策が限界に達したことを意味するのでしょうか。それとも、私たちが経済の状態を測るための「体温計」そのものが壊れてしまったのでしょうか。
2019年11月に来日した国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は、世界的な低インフレに対し強い警鐘を鳴らしました。彼女は、大規模な技術革新が起きているにもかかわらず、生産性が向上しないというジレンマを指摘しています。その歪みが、低成長・低金利・低インフレが慢性化する「異常事態」を招いているというのです。
先進国12カ国を見渡すと、2019年の物価見通しが目標を下回る国は7カ国に及び、実に6割の中央銀行が目標を達成できない見込みとなっています。この背景には、経済の構造が根本から変化した「地殻変動」が存在します。現代の富は、工場などの設備から「データ」という無形資産へと移り、巨額投資なしで価値を生めるようになったことが、物価を押し上げる力を弱めているのでしょう。
ネット経済の台頭も、従来の「物価」という物差しを揺らしています。2014年から2017年の調査によれば、消費者物価指数(CPI)が横ばいだった時期、ネット上の価格は年1%も下落していました。私たちが日常で感じる価格感と、国の統計には大きな乖離が生じています。SNSでも「物価目標に固執しすぎでは?」といった、現状の政策に対する疑問の声が多く上がっています。
指標が揺らぐ中で市場に供給され続けた膨大なマネーは、副作用も生んでいます。世界の債務は2019年時点で約250兆ドル(約2.7京円)という天文学的数字に達しました。金利が下がりすぎることで、銀行の収益が悪化し、かえって経済に悪影響を及ぼす「リバーサル・レート」の議論も熱を帯びています。もはや、金利操作だけで経済を操る時代は終わりつつあるのかもしれません。
中央銀行の役割についても、新たな議論が噴出しています。スイスのピクテなどは、格差是正といった広範な社会的目標を掲げるべきだと主張しています。ノーベル賞学者のジャン・ティロール氏は、富の偏りが過剰な貯蓄を生み、それが金利を押し下げていると説いています。物価の番人である中央銀行も、不平等という社会問題から目を逸らせなくなっているのです。
実際に、世界は動き始めています。1990年に世界で初めて物価目標を導入したニュージーランドは、2019年4月に「雇用の最大化」を政策目的に加えました。欧州では気候変動対策を視野に入れる動きもあり、単なる「物価の管理」を超えた柔軟な姿勢が求められています。SNSでは「雇用や環境を重視する姿勢こそ、今の時代に必要だ」との共感も広がっています。
英イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、2019年8月にデジタル通貨による新たな決済構想を打ち出し、ドル一強体制が招く低金利の打破を模索しています。私は、こうした既存の枠組みを疑う姿勢こそが、今の日本に最も必要だと考えます。過去の成功体験に基づく「2%目標」という呪縛を解き、新しい時代の指標を見出す柔軟な思考こそが、停滞する経済を動かす鍵となるはずです。
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