私たちの日常を彩る数々の名作を生み出してきた、日本を代表するプロダクトデザイナーの深澤直人氏。彼がアメリカでの生活を経て行き着いた「幸せの形」が、今多くの人々の共感を呼んでいます。ネット上でも「東京の利便性だけが豊かさではないと考えさせられた」「週末の過ごし方を見直したい」といった、ライフスタイルに対する共感の声が溢れているのをご存知でしょうか。深澤氏が実践する、心から満たされる暮らしのヒントに迫ります。
渡米した際、深澤氏は現地の人々の暮らしぶりに大きな衝撃を受けました。そこには、広大な青空や美味しい食事があり、週末には美しい湖畔へと車を走らせる日常が広がっていたのです。さらに職場でさえも豊かな緑に囲まれ、金曜日の夕方になればビールを片手にフランクな対話を楽しむ文化がありました。特別な富裕層でなくとも、誰もが当たり前のように享受しているその贅沢な生活こそが、彼の価値観を大きく揺さぶることになります。
いくら東京で経済的な成功を収めたとしても、アメリカで目にしたような心豊かな環境は決して買い戻せないと彼は痛感しました。日本への帰国を決意したものの、以前と同じように東京だけで生活することには強い違和感を覚えたそうです。そこで深澤氏は、まだアメリカに滞在している段階から、山梨県にある八ヶ岳に1000坪もの広大な土地を大胆に購入しました。平日は東京で仕事をこなし、週末は自然豊かな八ヶ岳で過ごす二拠点生活が始まります。
2020年01月19日の取材において、深澤氏は帰国の翌週からすぐに八ヶ岳での山小屋作りに着手したエピソードを明かしてくれました。驚くべきことに、建物の土台となるコンクリートを流し込む作業から、すべて自分の手で進めたそうです。コンクリートを扱う専門的な「基礎工事」は未経験だったため、作業前に材料を固めてしまうといった失敗の連続でした。体力的には疲弊したものの、その苦労には代えがたい喜びが隠されていたのです。
「作業の後にたき火を囲みながらお酒を飲んでいると、これこそが幸せなのだとしみじみ実感しました」と深澤氏は語ります。デザイナーという職業は、人々に感動を与えるプロダクトを創造する一方で、常に「人間にとっての本当の豊かさとは何か」を模索し続ける仕事でもあります。失敗を重ねながら自らの手で作り上げたその山小屋は、彼にとって頭の中で描き続けてきた抽象的な「幸福」という概念を、目に見える形で具現化した象徴となりました。
現在の深澤氏は、八ヶ岳の山小屋に続いて都内に新しいアトリエを構築中とのことです。その空間に配置される椅子やテーブルといった家具はもちろんのこと、そこでの働き方に至るまで、すべて彼自身の思想が反映されています。自分が理想とする「豊かな暮らし」を建物一棟の中に丸ごと表現しようと試みているのです。「後世の人々が振り返ったときに、日本でもこんな素敵な生き方をした人がいたのだと知ってもらえるシンボルになりたい」と夢を語ります。
そんな深澤氏が近年熱中している趣味が、実はゴルフだというから意外です。かつてはビジネスのための社交ツールというイメージがあり敬遠していましたが、娘さんが自立して自分の時間ができたことをきっかけに、60歳を過ぎてから挑戦を始めました。彼が語るゴルフの一番の魅力は、競技そのものの楽しさ以上に、コースの背景として広がる美しい「借景(しゃっけい)」にあります。周囲の自然を景観の一部として取り入れる美学です。
特にお気に入りなのがオーストラリアやタイのゴルフ場であり、年に数回は足を運んでいます。日本のコースでは人工的な鉄塔が視界に入ることもありますが、海外の広大なコースには調和を乱すものが一切なく、完璧な大自然が広がっているそうです。目の前の美しい景色と自分自身が一体となり、日常の雑音を忘れてプレイに没頭する時間に、彼は至上の幸福を感じています。この完璧に調和された世界こそ、彼がデザインで目指す究極のゴールなのです。
現代社会を生きる私たちは、利便性や効率性を追求するあまり、心の安らぎを置き去りにしてしまいがちです。深澤氏のように、時には自然に身を置き、自らの手で心地よい空間を紡ぎ出すことは、これからの時代を生き抜くために必要な心の贅沢ではないでしょうか。自分にとっての「調和」がどこにあるのかを見つめ直すことが、本当のハピネスを見つける第一歩になるはずです。
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