世界中で愛されるアニメの巨匠、宮崎駿監督です。彼が子ども向けのアニメ作家という枠にとどまらない最大の理由をご存じでしょうか。実は、1982年から1994年にかけて長期連載された漫画版『風の谷のナウシカ』という異様な傑作の存在があるからなのです。
この漫画版は、美しい自然保護の物語という単純なものではありません。監督自身の深い洞察や、時に黒々とした魔性を帯びた予言的なビジョンが幾重にも折り畳まれた大作です。SNS上でも「映画版しか知らない人は絶対に驚く」「深い闇がある」と定期的に話題を集めています。
そんな作品の魔力に取り憑かれた一人が、民俗学者であり学習院大学教授の赤坂憲雄氏です。2020年01月11日に発表された書評によると、同氏の著書は『ナウシカ』の深遠な謎を解き明かし、壮大な思想的問題へと繋ぐ挑戦的な読書体験を提供してくれます。
本書では、ナウシカの前史とされる作品『砂漠の民』や『シュナの旅』の分析から始まります。ヒロインのナウシカは、人間の業を背負った「呪われた種族」の代表です。彼女が内なる闇や虚無と対峙し、清浄と汚濁の間で引き裂かれる姿が丁寧に描かれています。
人類学の知見で読み解く「喰われる」ナウシカの真実
作中には、未来的なテクノロジーと古代的な人倫、つまり人間として守るべき道徳や秩序が混在しています。生命を操作する技術や自己犠牲、そして母性の回復が渾然一体となった迷宮を、著者は人間の文化や行動を研究する「人類学」の知見を用いて探訪します。
特に興味深いのは、ナウシカが「喰われる」場面への着目でしょう。これは他者を食べる、あるいは食べられるという行為を通じて生命の循環や本質を考える『性食考』の著者ならではの視点です。森の生々しい欲求に触れる彼女の姿には圧倒されます。
彼女は、単なる環境保護主義者が夢見る清らかな理想郷を拒絶します。そこに文芸評論家の福嶋亮大氏は「反―黙示録」、つまり世界の破滅を前提としない生き方を見出しました。人間中心主義の傲慢さを超えた、割り切れない人間の厄介さがここにあります。
気候変動が地球規模の課題となり、環境活動家が注目を集める現代において、この複雑な迷宮を再訪する意義は極めて大きいでしょう。エコロジーの極論を突き詰めれば、人間は不在の方が良いという結論に行き着きかねないからです。
本書は、そんな深い逡巡に寄り添う優しい案内書となってくれます。少し内容の反復が目立ち、批評としての鋭さに物足りなさを覚える部分もありますが、現代の読者には親しみやすいはずです。ぜひこの機会に、ナウシカの深淵な世界へ旅立ってみませんか。
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