長野県南部に位置し、美しいアルプスの大自然に囲まれた伊那市が、今まさに全国の自治体や企業から熱い視線を浴びています。多くの地方都市と同様に、この街も人口減少や深刻な高齢化という壁に直面していますが、ただ手をこまねいているわけではありません。生活に欠かせない「医療」「買い物」「交通」という3つの重要インフラを維持するため、最先端技術を惜しみなく投入する壮大な社会実験が幕を開けようとしているのです。
この先進的な取り組みはSNS上でも瞬く間に話題となり、「これぞ未来の地方自治体のあり方」「テクノロジーが優しさに変わる瞬間を見た」といった感動や期待の声が数多く寄せられています。過疎化が進む地域における生活の質をどのように守るのか、伊那市の果敢な挑戦は持続可能な地域社会をつくるための大きなヒントに満ち溢れていると言えるでしょう。
2019年12月に伊那市役所で開かれた新医療サービスの発表会にて、白鳥孝市長は「新技術を投入して課題を一つずつ解決したい」と強い決意を語りました。同市が医療機器大手のフィリップス・ジャパンや、トヨタ自動車などが出資するモネ・テクノロジーズと連携してスタートさせるのが、次世代の移動サービス「MaaS(マース)」を活用した画期的なヘルスケア事業です。
ここで注目されるMaaSとは、スマートフォンのアプリなどを使い、バスやタクシー、鉄道といった複数の移動手段をシームレスに組み合わせ、一つの移動サービスとして統合する概念を指します。今回はこの仕組みを医療に融合させ、テレビ電話や血圧測定機を搭載した専用車両が中山間地域の患者のもとへ直接赴き、医師が離れた場所から診察を行う「遠隔診療」を実現させます。
医師や看護師の不足に加え、広大な市域の往診に時間がかかるという積年の課題を、この移動型移動医院が見事に解決する見込みです。将来的には、より高度な診療やオンラインでの服薬指導、さらには自動運転技術との融合も視野に入れています。提携企業のトップも「伊那モデル」として世界へ発信していく意気込みを示しており、世界標準の医療改革がこの地から始まろうとしています。
ドローンが空を舞い、AIが最適なルートを導き出す
医療に先行して、買い物や交通の分野でも民間企業のノウハウをフルに活かした変革が進んでいます。高齢者を中心とした「買い物弱者」を救うため、伊那市はKDDIやゼンリンとタッグを組みました。天竜川などの河川上空をドローンの専用航路とする「アクア・スカイウェイ」を構築し、2020年7月から一部地域で「空飛ぶデリバリーサービス」のビジネス化を本格始動させる計画です。
仕組みは非常にスマートで、住民がケーブルテレビなどで注文した食品や日用品を、中心市街地から大型ドローンで中継地までひとっ飛びに輸送します。そこから小型ドローンで各集落の拠点へと繋ぎ、最終的には地域住民の手で戸別配送されるという、人の温もりも残した配送網が完成しました。空を駆ける物流は、買い物の不便さを解消する特効薬になるでしょう。
さらに交通面では、利用者のリクエストに応じて運行する乗り合い形式の「デマンドタクシー」にAI(人工知能)を導入します。従来のデマンドタクシーは予約の煩雑さや運行ルートの制限から利用が広がりにくいという弱点がありましたが、新システムではAIが乗客の要望を瞬時に解析して最適なルートをドライバーに配信します。
別の乗車希望者が現れた際も、AIが相乗りの可否を即座に判断してルートを再計算してくれるため、無駄のない効率的な移動が可能になります。この「ドアツードア」の利便性は実証実験でも極めて高い評価を得ており、2020年4月からの市内一部地域でのサービス開始に向けて期待が最高潮に達しています。
人口減少により地域のコミュニティが脆くなる中、これからは人の力だけに頼らない「ドローン」「AI」「MaaS」という3本の矢と、情報通信技術(ICT)の掛け合わせが不可欠です。今後は補助金に頼らずいかに商業ベースに乗せるかという自立への課題もありますが、「伊那の成功は全国へ広がる」という市長の言葉通り、日本の未来を占う実験の行方に目が離せません。
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