2019年08月09日で、長崎に原子爆弾が投下されてから74年という大きな節目を迎えます。この大切な日を前に、かつての悲劇を静かに物語る貴重な遺産が、海を越えて故郷へと戻ってきました。それは、原爆の爆風によって崩落した旧浦上天主堂の瓦礫の中から見つかった、木製の十字架です。
この十字架は高さが約90センチメートルあり、縁には美しい金の装飾が施されています。1945年10月から長崎に駐留していたアメリカ軍人のウォルター・フック氏(故人)が、壊滅的な被害を受けた天主堂の跡地で発見しました。その後、十字架はアメリカへと渡り、オハイオ州にあるウィルミントン大学の平和資料センターで大切に保管されてきたのです。
2019年08月07日、この「被爆十字架」がついに長崎市の浦上教会へと返還されました。SNS上では「長い年月を経てようやく戻ってこれて良かった」「平和への祈りが形になった瞬間だ」といった感動の声が数多く上がっています。当時の惨状を知る生き証人が戻ってきたことに対し、多くの人々が深い関心を寄せていることが伺えますね。
ここで「進駐(しんちゅう)」という言葉について触れておきましょう。これは、戦争に勝利した側の軍隊が、相手国の領土に一定期間とどまって統治や管理を行うことを指します。フック氏はこの任務で長崎を訪れた際に、瓦礫に埋もれていた信仰の象徴を救い出し、平和への願いを込めて母国へ持ち帰ったのでしょう。
私は、この十字架の帰還は単なる「物の返還」以上の意味を持っていると感じます。かつての敵国であったアメリカの教育機関が、長年にわたり真摯にこの遺品を守り続け、ふさわしい時期に返還を決断したことには、国境を超えた平和への意思が宿っているのではないでしょうか。憎しみの連鎖を断ち切り、過去を共有する姿勢こそが現代に求められています。
返還された十字架は、原爆投下から74年目となる2019年08月09日から一般に公開される予定です。浦上の地で再び祈りを見守ることになったその姿は、訪れる人々に核兵器の恐ろしさと、それ以上に尊い「許しと平和」の価値を力強く語りかけてくれるに違いありません。
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