2019年12月08日、アメリカ経済の歴史にその名を深く刻んだ巨星、ポール・ボルカー元連邦準備理事会(FRB)議長が92歳でこの世を去りました。身長2メートルという圧倒的な威圧感から繰り出される強硬な姿勢は、多くの市場関係者に「インフレファイター」としての強烈な印象を植え付けたものです。SNS上でも、彼の訃報に際して「真のリーダーシップを持った人物だった」「今の政治状況にこそ彼のような信念が必要だ」といった敬意に満ちた声が溢れています。
ボルカー氏の最大の功績は、1980年代に猛威を振るったインフレ(物価上昇)を徹底的に抑え込んだことにあります。当時、彼は公定歩合を20%という異例の水準まで引き上げるという、まさに「劇薬」とも言える金融引き締めを断行しました。公定歩合とは、中央銀行が民間銀行に貸し出す際の金利のことで、これが上がると市場のお金の流れが絞られます。この決断は一時的に失業率を高める痛みを伴いましたが、結果として米経済の復活を支える強固な基盤を築き上げました。
大統領の圧力に屈しない「中央銀行の独立性」という聖域
ボルカー氏が終生守り抜こうとしたのは、政治の思惑に左右されない「中央銀行の独立性」でした。1979年、当時のカーター大統領から議長就任を打診された際、彼は「厳しい金融引き締めを行うが、それでも良いか」と問い直し、独立性を維持することを条件に受諾したという逸話が残っています。しかし、その後のレーガン政権下ではホワイトハウスから選挙前の利上げを控えるよう圧力を受けるなど、常に政治の越権行為との闘いでもありました。
晩年の彼が最も危惧していたのは、トランプ大統領によるFRBへの執拗な介入です。大統領が利下げを求める現状に対し、ボルカー氏は2019年08月、歴代議長らと共に中央銀行の独立を訴える寄稿を行いました。「わずかなインフレを許容すれば、取り返しのつかない事態を招く」という彼の言葉は、ポピュリズム(大衆迎合主義)が蔓延する現代社会に対する鋭い批判でもありました。物価の安定なくして、真の繁栄はあり得ないという信念がそこには宿っています。
2009年には、オバマ政権下で「経済再生諮問会議」の議長として復帰し、銀行のリスク取引を制限する「ボルカー・ルール」を立案しました。これはリーマン・ショックのような金融危機を再発させないための重要な防波堤でしたが、2019年08月には現政権下で一部緩和されています。公職に尽くす情熱が、富と権力の論理に塗り替えられていくワシントンの変貌を、彼は寂しげに見つめていたのかもしれません。
編集者としての私見ですが、ボルカー氏のような「嫌われる勇気」を持った実務家が、今の世界には決定的に不足していると感じます。目先の株価や選挙のために金融政策を歪めることは、未来への負債を積み上げているに等しいからです。彼が提唱した「物価の安定」「健全な金融」「良き政府」という3つの柱が揺らぐ今、私たちは改めて彼の遺志を読み解く必要があるでしょう。米経済の土台を築いた不屈の精神に、心からの哀悼の意を表します。
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