【2019年8月8日】神戸製鋼・楢木一秀氏が語る、日立・青木優和氏との「宿命のライバル」と「生涯の友情」

1980年代、日本の産業界が熱く燃えていた時代、神戸製鋼所で「オイルフリー式圧縮機」の開発に全てを捧げていた一人の男がいました。現在は同社の顧問を務める楢木一秀氏です。当時、楢木氏が新しい日立製作所の製品カタログを手にするたび、心の中で「青木君、またやりよったな」とライバル心を燃やしていた相手こそ、現在の日立製作所副社長である青木優和氏でした。

ここで登場する「オイルフリー式圧縮機」とは、空気を圧縮する過程で潤滑油を一切使用しない装置のことです。食品や薬品、精密機器の製造現場では、空気の中に一滴の油も混じることが許されません。そのため、極めて高度な密封技術と耐久性が求められる、まさに技術者としてのプライドが試される製品なのです。二人はこの難解な技術開発において、文字通りしのぎを削る競合関係にありました。

実は二人の縁は、大学時代にまで遡ります。大阪大学基礎工学部の機械工学科にて、青木氏は1組、楢木氏は2組と、同じ学び舎で切磋琢磨した仲でした。卒業後は別々の道に進み、長らく音信が途絶えていたものの、運命の再会は2000年01月頃に訪れます。米国の子会社で社長を務めていた楢木氏のもとへ、シカゴを訪れていた青木氏から突然の連絡が入ったのです。約25年という歳月を飛び越え、かつてのライバルは旧友へと戻りました。

現在、お二人の交流はさらに広がりを見せています。日立建機の辻本雄一前社長や、デンソーの安達美智雄元専務といった、同じ大学を卒業した輝かしい経歴を持つ同級生4人で、定期的にゴルフや酒席を楽しむ仲になりました。SNS上でも「これほどの企業のトップたちが、実は同級生で繋がっているなんて驚きだ」「切磋琢磨したライバルだからこそ、深い信頼関係が築けるのだろう」と、そのドラマチックな関係性に多くの注目が集まっています。

楢木氏は、青木氏のプレースタイルから経営者としての真髄を学んでいるようです。ゴルフ中、何度バンカーに捕まっても動じることなく、涼しい顔で自分を保ち続ける青木氏の姿に、楢木氏は「自らを律する経営者の鑑」を見出しています。仕事では激しく競い合いながら、プライベートでは深い敬意を持って付き合える。こうした美しい友情と健全な競争心こそが、日本の技術革新を支えてきた原動力であると私は強く感じます。

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