2019年08月12日、ビジネスの第一線で活躍するリーダーの交友関係を紐解く「交遊抄」にて、ユニチカの上埜修司社長が忘れられない恩師とのエピソードを披露されました。その相手とは、製造現場の効率化を支援する「ペック協会」の前会長、山崎昌彦氏です。かつて「鬼教官」と恐れられた山崎氏との出会いは、今から17年前の2002年にまで遡ります。当時のユニチカは生産現場におけるコストカットという大きな課題を抱えており、改善指導のプロフェッショナルである山崎氏を招き入れたことがすべての始まりでした。
山崎氏の第一印象は、まさに威風堂々としたものだったといいます。短く刈り込まれた髪に、意志の強さを感じさせる凛々しい顔立ち、そして現場の隅々にまで注がれる鋭い視線は、周囲に心地よい緊張感をもたらしました。事務局として彼をサポートしていた上埜氏は、準備不足や段取りの甘さを厳しく指摘される日々を送ります。SNSでも「リーダーには時にこうした厳しさが必要だ」という声が上がる一方で、山崎氏の指導スタイルには単なる厳格さだけではない、ある「信念」が隠されていました。
山崎氏は、いかに厳しく指導する場面であっても、決して一方的な押し付けをすることはありませんでした。自身の見解を述べる前に、必ず「あなたの考えはこういうことですね」と相手の意図を確認するプロセスを大切にされていたのです。これは、相手の立場を尊重し、真の納得感を引き出すための高度なコミュニケーション術だといえるでしょう。表面的なテクニックとしての改善ではなく、働く人の心に寄り添う温かな真心が、その厳しい言葉の端々から滲み出ていたのを上埜氏は見逃しませんでした。
雪の中の特急列車で明かされた「鬼教官」の素顔
そんな二人の師弟関係が、一歩踏み込んだ信頼へと変わった運命の日があります。出会いから5、6年が経過したある冬の日、鳥取県の工場視察を終えた二人は、岡山駅を目指す特急列車に揺られていました。ところが、激しい雪の影響で列車が数時間も立ち往生するというトラブルに見舞われてしまいます。当初は離れた席に座っていた二人でしたが、長時間の停止を余儀なくされると知った山崎氏が上埜氏の隣へと移動し、そこから静かな対話が始まりました。
それまでは仕事の話が中心だった二人の会話は、時間の経過とともに家族のことや個人的な価値観といったプライベートな話題へと広がっていきます。この時、上埜氏は初めて、山崎氏が剣道の高段者であることを知りました。剣道において「礼に始まり礼に終わる」という精神や、相手を敬う姿勢が、山崎氏の指導方針の根底にあるのだと気づかされた瞬間です。不測の事態によって生まれたこの密な時間は、指導者と受講者という壁を取り払い、一人の人間同士としての深い結びつきを生みました。
現在でも二人の交流は続いており、毎年2019年05月01日の前後には、京都の和食店で再会を楽しむのが恒例となっています。山崎氏が剣道八段という最高峰の段位に挑戦するため、岐阜県から京都へ足を運ぶタイミングに合わせているのです。八段という壁は、剣道家にとって非常に狭き門であり、技術だけでなく人格の完成も求められる領域です。常に高みを目指し、自分を律し続けるその姿は、一企業のトップを務める上埜氏にとっても大きな刺激となっているに違いありません。
さらに山崎氏は、自然エネルギーの普及を目的としたNPO法人を設立するなど、ものづくりの枠を超えて社会貢献の分野でも活動の幅を広げています。私は、こうした「学び続ける姿勢」こそが、真のリーダーに不可欠な要素だと強く感じます。過去の実績に安住せず、常に新しい挑戦を続ける背中を見せることこそが、最大の教育なのかもしれません。上埜氏が今もなお「先生の背中を追いかけていきたい」と語る言葉には、時を経ても色褪せない師への深い敬意と憧れが込められています。
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