日本映画界や演劇界を支え続けてきた名俳優の山谷初男さんが、2019年10月31日に間質性肺炎のため、惜しまれながらも85歳でこの世を去りました。秋田県出身の山谷さんは、その独特な風貌と、見る者の心に深く突き刺さるようなリアリティのある演技で、多くのファンや関係者から愛された唯一無二の表現者だったといえるでしょう。
山谷さんのキャリアにおいて転機となったのは、1966年に公開された若松孝二監督の映画「胎児が密猟する時」への出演です。この作品で圧倒的なインパクトを残した彼は、その後も日本映画の黄金期から現代に至るまで、数えきれないほどの作品でバイプレーヤーとして輝き続けました。その実力は、映画ファンのみならず、業界内でも高く評価されていたのです。
お茶の間でも馴染み深い存在であり、NHK大河ドラマ「国盗り物語」をはじめとする歴史劇や、数々のテレビドラマで見せた渋みのある演技は、物語に深みを与える欠かせないスパイスでした。主役を立てながらも、一度画面に映れば観客の視線を奪ってしまうその「存在の強さ」こそが、彼が「名脇役」と称賛される最大の理由だったのではないでしょうか。
今回、死因となった間質性肺炎とは、肺の組織が硬くなってしまうことで、呼吸がスムーズに行えなくなる難病を指します。晩年も舞台や映像で活躍されていた姿を知る人々からは、SNSを中心に「あの唯一無二の声が聞けなくなるのは寂しい」「画面が引き締まる名俳優だった」といった、早すぎる別れを惜しむ声が次々と寄せられています。
一人の編集者として、山谷初男さんという役者がいなくなることは、日本文化における一つの大きな財産を失ったように感じてなりません。たとえ台詞が少なくとも、そこに立っているだけで人生の悲喜こもごもを感じさせる、そんな深みのある俳優はそう簡単には現れないはずです。彼の情熱が宿った作品群は、これからも長く語り継がれるべきでしょう。
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