北海道の広大な大地に自生する樹木が、プロ野球の真剣勝負の舞台で新たな歴史を刻もうとしています。旭川市に拠点を置く北海道立総合研究機構・林産試験場は、道産の広葉樹である「ダケカンバ」を活用した木製バットの普及に本格的な一歩を踏み出しました。地元球団である北海道日本ハムファイターズでの採用を皮切りに、地域資源の新たな価値創造を目指すこのプロジェクトに、野球ファンからも熱い視線が注がれています。
この挑戦を象徴するのが、2019年シーズンをもって惜しまれつつ現役を引退した田中賢介選手の活躍でしょう。林産試験場は北海道を通じて、田中選手に特製のダケカンバ製バットを提供しました。田中選手は2019年9月14日からの公式戦でこのバットを手に打席に立ち、見事に5本の安打を記録したのです。プロの第一線で戦う選手が、未知の素材である道産材を信頼し、最高峰の舞台で結果を出した意義は極めて大きいと言えます。
実戦を終えた田中選手は、その打感について「芯がしっかり通っている感覚があり、公式戦でも十分に通用する」と太鼓判を押しました。この確かな手応えを受け、SNS上では「地元の木で打ったヒットは感慨深い」「道産バットがファイターズの象徴になってほしい」といった応援の声が広がっています。これまで輸入材に頼り切りだったバット市場に、北海道のアイデンティティを宿した道具が登場したことは、ファンにとっても誇らしいニュースです。
北米産材に匹敵する驚異のポテンシャル
現在、プロ野球で使用されるバットの多くは、北米産のシュガーメイプルやホワイトアッシュといった輸入材が主流となっています。しかし、研究データによれば、ダケカンバは曲げに対する強度や重量、そして打球の反発速度において、シュガーメイプルに極めて近い特性を備えていることが判明しました。まさにプロの過酷な使用環境に耐えうる、天然の「高機能素材」が北海道の山林には眠っていたのです。
ここで少し専門的なお話をしましょう。バットに適した「広葉樹」とは、複雑な細胞構造を持つ樹木の分類を指します。針葉樹に比べて組織が緻密で硬いため、衝撃を跳ね返す力が必要な野球道具には最適なのです。林産試験場は2016年度から、道内に豊富に存在するダケカンバの活用法を模索してきました。これまでは主に紙の原料となるパルプ用チップとして利用されてきましたが、バットという高付加価値製品への転換は、林業の活性化に直結します。
林産試験場の試みは、単なる素材提供に留まりません。選手一人ひとりの細かな要望に応えるため、重さや長さ、形状までミリ単位で調整するオーダーメイド体制を整えています。2019年度中には約200本の製作を予定しており、2020年2月から始まる春季キャンプに向けて、複数のプロ選手が既に高い関心を示しているとのことです。さらに、旭川大学の硬式野球部などアマチュア球界での採用も視野に入れ、裾野を広げています。
私は、このプロジェクトが「地産地消」の枠を超えた、地方創生の理想形であると考えます。北海道の厳しい寒さを耐え抜いて育ったダケカンバが、選手の情熱と重なり、スタンドへ放物線を描く光景は、地域の林業に携わる人々にとって大きな希望となるはずです。道具へのこだわりが強いプロの世界で、道産材が「勝てる素材」として定着する日は、すぐそこまで来ているのではないでしょうか。
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