世界を駆け抜けた「金ギスカン」の終焉。韓国・大宇グループ創業者、金宇中氏が遺した功罪と波乱の足跡

韓国経済の急成長期において、伝説的な「大宇神話」を打ち立てた大宇グループ創業者の金宇中氏が、2019年12月09日にソウル近郊の病院でその生涯を閉じました。享年82歳でした。2018年08月末から体調を崩し、同年12月には入院を余儀なくされるなど、闘病生活が続いていた中での訃報に、韓国国内では大きな衝撃が走っています。

金宇中氏は、単なる実業家の枠を超えたカリスマとして知られていました。SNS上では「一時代の終わりを感じる」「彼の猪突猛進な姿勢こそが韓国を豊かにした」と、そのバイタリティを称賛する声が上がる一方で、「無理な拡大が通貨危機の混乱を深めた」という厳しい批判も混在しており、評価が二分されている状況が伺えます。

スポンサーリンク

繊維商社から韓国2位の巨大財閥へ

金氏の快進撃は、1967年に繊維商社から独立して「大宇実業」を設立したところから始まりました。彼が巨万の富を築く決定的なきっかけとなったのは、1971年のアメリカによる対韓繊維輸入規制でした。規制が実施されると直近の輸出実績がそのまま今後の割当枠(輸出できる数量の権利)になると読み、全財産を投じて対米輸出を急増させたのです。

この大胆な賭けに勝利した金氏は、潤沢な資金をもとに機械や自動車、証券、建設といったあらゆる業種の企業を次々と買収しました。1990年代には従業員30万人以上を抱える、韓国で第2位の巨大財閥へと成長を遂げたのです。モンゴル帝国の英雄になぞらえ「金(キム)ギスカン」と称されたその世界戦略は、まさに破竹の勢いでした。

アジア通貨危機の荒波と解体の悲劇

しかし、栄華を極めた「大宇神話」にも、1997年のアジア通貨危機という未曾有の事態が襲いかかります。アジア通貨危機とは、タイの通貨暴落をきっかけにアジア諸国の通貨価値や株価が急落し、多くの企業が倒産に追い込まれた経済パニックのことです。他財閥が負債を減らすリストラに動く中、金氏はあえて双竜自動車の買収に動くなど、拡大路線を止めませんでした。

この強気の経営が裏目に出た結果、資金繰りは急速に悪化し、1999年にはグループ解体という衝撃的な結末を迎えることになります。その後、巨額の粉飾決算(利益を偽装して決算書を作成すること)の容疑で海外逃亡を続け、2005年の帰国後に逮捕されるなど、後半生はかつての華々しさが一転して苦難の連続となったのは周知の事実でしょう。

私個人としては、彼の強引な拡大手法が経済を疲弊させた側面は否定できないものの、世界を舞台に戦うという彼の情熱が韓国企業のグローバル化を強力に牽引した事実は重いと考えます。特赦後のベトナムでの人材育成活動も含め、彼の「情の厚さ」を慕う元社員たちが今もなお集う光景は、彼が単なる冷徹な経営者ではなかったことを物語っているのではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました