フランス映画界に輝かしい足跡を残した伝説的な女優、アンナ・カリーナさんが、2019年12月14日にパリの病院で息を引き取りました。79歳という生涯を閉じた彼女の死因はがんであったと、現地メディアが一斉に報じています。デンマークに生まれた一人の少女が、夢を抱いてパリの街に降り立ったことから、映画史の新しい1ページは始まりました。
彼女のキャリアはモデルからスタートしましたが、その類まれな才能を見抜いたのは、あのココ・シャネルだったという逸話はあまりにも有名でしょう。本名ではなく「アンナ・カリーナ」という気品溢れる芸名を授けたのは、シャネルその人なのです。彼女の存在感は瞬く間に人々を魅了し、単なるモデルの枠を超えて、時代のミューズへと駆け上がっていきました。
SNS上では、彼女の訃報を受けて「ひとつの時代が終わった」「彼女の瞳に何度心を奪われたか分からない」といった惜別の声が世界中から溢れています。投稿される彼女の画像はどれも色褪せることなく、現代のファッショニスタたちにとっても憧れの象徴であり続けていることが伺えます。彼女のスタイルは、今なお多くの表現者にインスピレーションを与えているのです。
ゴダールと共に歩んだヌーベルバーグの黄金時代
アンナさんの魅力を語る上で欠かせないのが、映画監督ジャン=リュック・ゴダールとの出会いです。彼らは公私ともにパートナーとなり、1960年代に巻き起こった映画の刷新運動「ヌーベルバーグ」を牽引しました。ヌーベルバーグとは、従来の伝統的な映画作りから脱却し、即興性や街頭ロケを重視した「新しい波」を意味するフランス語の専門用語です。
1961年に公開された『女は女である』や、今なお不朽の名作として語り継がれる『気狂いピエロ』といった代表作の中で、彼女は自由奔放でミステリアスな女性像を確立させました。スクリーンの中で躍動する彼女の姿は、まさにこの運動の「女神」と呼ぶに相応しいものでしょう。ゴダールの尖った感性と、彼女の無垢な表現力が火花を散らすことで、珠玉の作品群が生まれたのです。
女優としての才能に加え、彼女は歌手としても非凡な才能を発揮しました。伝説的な音楽家であるセルジュ・ゲンズブールが手掛けた楽曲を歌い、ヒットを記録したことも彼女の多才さを物語っています。演技から歌唱まで、彼女が表現するものすべてに、当時のフランスが持っていた洒脱でアンニュイな空気感が濃縮されていたように感じられます。
編集者として私自身、彼女が残した作品群を振り返ると、その瞳の奥にある強い意志に圧倒されます。単に監督の操り人形になるのではなく、自らの足で立ち、自らの言葉で世界と対峙するような彼女のスタンスは、現代を生きる私たちにとっても非常に勇気づけられるものです。彼女の肉体は失われても、その鮮烈なイメージは映画という魔法の中で、永遠に輝き続けることでしょう。
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