2019年12月21日、今年も残すところわずかとなりました。激動の一年を振り返る手段は数多くありますが、人々の心の機微を三十一文字に託す「短歌」ほど、その時代の空気を鮮烈に伝えるものはありません。三枝タカ之氏が選んだ今年の日経歌壇の秀作からは、政治への鋭い視線や、日常生活の何気ない幸せ、そして時代の転換点に立つ日本人の姿が浮き彫りになっています。
SNS上でも「たった31文字なのに、今の日本の空気が痛いほど伝わってくる」と大きな反響を呼んでいるこれらの作品群。特に、2019年4月30日に行われた退位の儀式における、天皇陛下が松の間を後にされる一瞬の静寂を詠んだ倉重惠造氏の歌は、多くの日本人が抱いた感慨を象徴しているかのようです。一歩引いた視点から時代を見つめる、歌人たちの真髄がここにあります。
政治と社会への鋭い眼差し!忖度と不正に揺れる現代日本
今年を象徴するキーワードの一つに「忖度」がありました。本来は他人の心中を推し量るという意味ですが、現在は不適切な配慮を指す文脈で使われることが多い言葉です。小沼常子氏は「忖度色の統計」という言葉を用い、客観性があるはずのデータさえも政治的な意図に染まる現状を厳しく批判しています。統計の信頼性が揺らぐことは、民主主義の根幹を揺るがしかねない深刻な事態です。
また、森本安夫氏が指摘するように、自動車の不正や入試問題など、社会のあちこちで綻びが露呈した一年でもありました。私たちが「当たり前」と信じていた誠実さが失われつつあることに対し、三枝氏は「日本はなぜこんなに劣化したのか」と、現代社会への強い危機感を表明しています。こうした鋭い社会風刺こそ、日経歌壇が持つ独自の魅力と言えるでしょう。
ラグビーの熱狂から免許返納まで、暮らしに根ざした人間模様
硬派な政治批判がある一方で、私たちの等身大の暮らしを捉えた作品も心を打ちます。藤原建一氏が詠んだラグビー・ワールドカップへの感動は、2019年秋の日本を席巻した熱狂を思い出させてくれます。また、高齢ドライバーによる事故が社会問題となったことを背景に、池永徹氏や芝公男氏が詠んだ「免許返納」を巡る葛藤や解放感には、多くの読者が自らの姿を重ねたのではないでしょうか。
私たちが日々、挨拶代わりに交わす「今度ご飯でも」という社交辞令の虚しさを突いた菊田裕氏の歌も、ネット上で「分かりすぎる」と共感の嵐を巻き起こしています。こうした日常の些細な「あるある」を掬い上げる力こそが、短歌という詩形式が長く愛される理由です。三枝氏が選ぶ作品には、時代の潮流に流されながらも必死に生きる個人の体温が宿っています。
受け継がれるDNAと、美しい生き方への憧憬
激動の時代であっても、人と人の繋がりは永遠のテーマです。松永紗知子氏が詠んだ「友と同じ笑顔で現れた遺児」の姿や、友居和美氏が捉えた「亡き人の面影を宿す結婚式の光景」は、命のバトンが確実に繋がっていることを教えてくれます。三枝氏が「ちょっといい話」と評するように、これらの歌は荒んだ世相の中で、私たちの心を優しく温めてくれる一筋の光のような存在です。
橘高なつめ氏が記した「食べ方のきれいな人が好きだった」という一節には、表面的な豊かさではなく、内面から滲み出る品性を尊ぶ日本人の美徳が凝縮されています。2020年という新しい年を迎えるにあたり、私たちも自分自身の振る舞いを正し、ほろ酔い加減で手をつないで帰るような、ささやかで穏やかな日常を守っていきたいものですね。来年も、人々の魂の叫びが三十一文字となって届くことを期待しています。
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