2015年3月9日に兵庫県洲本市で発生し、日本中を震撼させた淡路島5人刺殺事件の控訴審判決が、2020年1月27日に大阪高裁で言い渡されました。村山浩昭裁判長は、一審の神戸地裁による裁判員裁判が下した死刑判決を取り消し、被告に対して無期懲役を言い渡したのです。近隣住民5人の尊い命が理不尽に奪われた凄惨な事件なだけに、今回の判決は社会に大きな衝撃を与えています。
ネット上でも大きな反響を呼んでおり、SNSでは「5人も殺害して死刑にならないのは納得がいかない」「遺族の気持ちを考えると胸が締め付けられる」といった怒りや悲しみの声が続出しました。その一方で、「法律の規定がある以上、精神状態を無視した判決は出せないのだろう」と、司法の判断に理解を示す意見も見られます。今回の裁判では、被告の刑事責任能力がどこまで認められるかが最大の争点となりました。
刑事責任能力とは、自分の行為が善悪どちらであるかを正しく判断し、その判断に従って自らの行動をコントロールできる能力のことです。日本の刑法では、この能力が完全に失われた「心神喪失」の状態であれば罰せられず、著しく低下した「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」の場合は刑罰が軽くなると定められています。今回の控訴審では、被告がこの心神耗弱の状態にあったと認定されたことが判決を大きく左右しました。
被告には過去に複数回の精神鑑定が実施されています。起訴の前後で行われた2回の鑑定では、長期の薬物服用が引き金となる「薬剤性精神病」との診断が下されていました。ところが、今回の控訴審において大阪高裁の職権で新たに3回目の鑑定が行われたところ、今度は「妄想性障害」という全く異なる結果が出たのです。このように鑑定結果が変遷したことが、裁判の行方に複雑な影を落としました。
大阪高裁の村山裁判長は、過去の鑑定を行った医師の証言が一審と二審で食い違っている点を問題視し、初期の鑑定結果の信用性を否定しています。そして3回目の診断を重視した上で、被告は深刻な妄想に支配されており、自身の病気が犯行に与えた影響は極めて大きいと言及しました。つまり、常軌を逸した妄想のせいで犯行を思いとどまる理性が著しく衰えていた、と結論付けたのです。
しかし、被告の行動がすべて病気のせいであったとは言い切れません。犯行の前にインターネットを使って殺害方法を検索していた事実などが判明しており、あらかじめ計画を練っていた様子がうかがえます。そのため裁判長は、自分の行動を制御する力が完全に消滅していたわけではないと判断しました。善悪の判断力は鈍っていたものの、完全に理性を失った状態ではなかったという見解です。
最終的に裁判所は、5人もの尊い命を奪った犯行そのものは極めて悪質であり、本来であれば死刑を選択すべき事案であると言及しました。その上で、法律の規定に従って心神耗弱による刑の減軽を適用し、無期懲役を選択したと説明しています。凶悪な犯罪に対して最大限の非難をしつつも、被告の精神状態を冷静に評価した結果、このような法的な判断に至ったのでしょう。
私は今回の判決に対して、司法の厳格さと法治国家としての難しさを強く実感しています。感情的には極刑を望む遺族や社会の思いに寄り添いたくなりますが、裁判所は感情に流されず、被告の責任能力を冷静に見極めなければなりません。精神疾患と犯罪の因果関係をどう評価するかは非常に繊細な問題であり、今後も私たちが議論を続けていくべき重要なテーマだと確信しています。
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