未曾有の豪雨が列島を襲い、平成で最悪の被害をもたらした西日本豪雨の発生から、2019年07月06日でちょうど1年という節目を迎えました。最初の大雨特別警報が発令されたあの日から、人々の生活は一変し、今なお深い傷跡が残っています。この未曾有の災害では、14府県にわたり275名もの尊い命が失われるという痛ましい結果となりました。
甚大な被害に見舞われた広島県や岡山県をはじめとする各地では、亡き人々を偲ぶ追悼式が厳かに執り行われています。愛する家族やかけがえのない友人を亡くした参列者たちは、静かに祈りを捧げると同時に、この悲劇を二度と繰り返さないための決意を新たにしました。SNS上でも「もう1年、まだ1年」といった、被災地の現状を案ずる多くの声が寄せられています。
2019年07月06日の午前9時、18名の犠牲者を出した広島県安芸郡坂町では、追悼の鐘が鳴り響きました。16名が命を落とした小屋浦地区の小学校には、遺族ら約400名が集まり、深い静寂の中で黙とうが捧げられています。大切な両親を一度に失った遺族代表の出下徹さんは、言葉を詰まらせながらも、亡き人々への想いを力強く語ってくださいました。
出下さんは、愛する家族を失った悲しみや無念さは決して消えることはないと吐露しつつも、前を向いて懸命に生きることこそが故人への最大の恩返しになると信じています。その真摯な言葉は、会場にいた人々の心に深く刻まれ、復興への希望の光を灯したことでしょう。悲しみを抱えながらも一歩を踏み出す姿には、人間の持つ強さと尊さが表れていると感じます。
岡山県倉敷市真備町の現在と、浮き彫りになる生活再建の課題
一方、岡山県では、小田川の堤防が決壊したことで町の約4分の1が浸水した倉敷市真備町地区にて、午前10時から式典が開始されました。この地区では多くの住まいが水没し、人々の日常が濁流に飲み込まれるという衝撃的な光景が広がったのです。災害の記憶を風化させないため、当時の教訓を刻んだ石碑の除幕式もあわせて行われる予定となっています。
今回の災害では、土砂崩れや浸水といった直接的な原因で亡くなる「直接死」だけでなく、避難生活の疲労や精神的ストレスが引き金となる「災害関連死」も深刻な問題です。広島、岡山、愛媛の3県だけで、関連死は53名に達しています。これは、発災直後の救助活動と同じくらい、その後の長期的な心身のケアがいかに重要であるかを私たちに示していると言えるでしょう。
総務省消防庁のまとめによれば、全半壊した家屋は全国で約1万8千棟にのぼります。2019年06月末の時点でも、広島、岡山、愛媛の3県では約4千世帯、9千人以上の方々が仮設住宅や「みなし仮設」での不自由な生活を余儀なくされています。住み慣れた自宅を離れて暮らす方々にとって、生活基盤の再建は喫緊の課題であり、支援の加速が求められます。
ここで言う「みなし仮設」とは、自治体が民間賃貸住宅を借り上げ、被災者に無償で提供する制度を指します。迅速な住まいの確保に有効な手段ですが、コミュニティが分断されやすいという懸念も指摘されています。周囲との繋がりを保ちながら、いかにして孤独を防ぎ、心の復興を支援していくかが、これからの社会に課せられた大きなテーマではないでしょうか。
インフラの被害も凄まじく、浄水場が土砂で損壊したことにより、一時は全国で最大26万戸が断水に見舞われました。高速道路や国道の寸断は、企業の物流や市民の足を止め、社会経済に広範な影を落としたのです。私たちは、当たり前だと思っていたライフラインの脆さを痛感し、災害に強いまちづくりを真剣に考えるべき段階に来ているのだと強く感じます。
この1年、被災地の方々は絶望の淵から立ち上がり、懸命に前を向いてこられました。しかし、ハード面の復旧が進む一方で、心の傷が癒えるまでにはさらなる時間が必要です。私たちはこの2018年の豪雨を「過去の出来事」として片付けるのではなく、自分自身の事として捉え、備えを怠らない姿勢を持ち続けることが、亡くなった方々への供養になるはずです。
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