私たちの命を支える水は、空から降り注ぎ、川を伝って海へと還る「自然のサイクル」を描いています。しかし、福岡県久留米市で「古賀河川図書館」を運営する古賀邦雄館長は、水にはさらに2つの重要な循環があると提唱されています。それは、ダムや水道を通じて社会を豊かにする「機能的な循環」と、祭りや伝説として人々の心に受け継がれる「文化の循環」です。40年以上にわたり河川に関する資料を収集してきた古賀氏の情熱は、まさにこの深い洞察から生まれています。
2019年11月18日現在、この私設図書館には、地理学や科学、ダムの工事記録から、文学、児童書に至るまで、実に1万3000冊もの膨大な書物が所蔵されています。SNS上では「個人でここまで集める情熱が凄すぎる」「川の歴史は地域の歴史そのものだ」と、その圧倒的なコレクションに感銘を受ける声が後を絶ちません。10余年にわたり一人で守り抜かれてきたこの場所は、今や国内外の研究者が足を運ぶ「知の聖地」となっているのです。
足で稼ぎ、心で集めた「生きた資料」の価値
古賀氏のキャリアは、水資源開発公団(現在の独立行政法人水資源機構)でのダム建設に伴う用地交渉から始まりました。仕事を通じて文献整理に携わったことがきっかけで、書物収集の深い沼に足を踏み入れたといいます。河川の資料は、その土地に行かなければ手に入らない郷土資料が多いため、北は北海道から南は沖縄まで全国の図書館や古書店を巡り歩かれました。時には著者に直接交渉し、熱意によって譲り受けた貴重な一冊も少なくありません。
ここでいう「用地交渉」とは、公共事業のために必要な土地を所有者から買い取るための話し合いを指しますが、古賀氏は単に机の上で数字を追うだけでなく、現場を歩くことを何より大切にされてきました。市町村の境界や現地の文化を五感で確かめ、農家の方々の声に耳を傾ける。その実体験という「点」を、書物という「線」で結びつけることで、河川の本質を読み解いてこられたのです。
文学が映し出すダムと人間のドラマ
「時代が本をつくり、本が時代をつくる」という古賀氏の言葉通り、蔵書の中にはダムを舞台にした名作文学も輝きを放っています。例えば、石川達三が1937年12月に発表した『日蔭の村』は、故郷が水に沈む人々の苦悩を鋭く描き、ダム問題の原点を私たちに突きつけます。対照的に、1964年8月刊行の木本正次『黒部の太陽』では、困難な工事に挑む技術者たちの不屈の情熱がダイナミックに綴られています。
さらに、三島由紀夫が1955年に執筆した『沈める瀧』のように、ダム建設現場という非日常的な空間を背景にした濃密な恋愛小説も存在します。古賀氏は、これらの多様な視点が含まれるからこそ、河川の歴史は多面的で面白いのだと語ります。専門書だけでなく文学作品をも網羅するその姿勢には、川を単なる「資源」としてではなく、人間の営みそのものとして捉える深い愛が感じられ、編集者としても強く共感いたします。
次世代へ引き継がれる「川の記憶」
図書館を訪れるのは専門家だけではありません。地元の子供たちから「筑後川のエツは食べられますか?」といった、素朴で鋭い質問が飛んでくることもあります。ちなみに「レファレンス」とは、利用者の知りたい情報に対して、図書館員が資料を探して回答する支援サービスのことです。古賀氏は、弘法大師の伝説が残る珍魚エツの資料を紐解き、それが古くから地域の恵みであったことを丁寧に伝え、未来の川の守り手を育ててきました。
長年一人で切り盛りしてきた古賀館長ですが、2019年現在はご自身の年齢を考慮し、この貴重な1万3000冊を久留米大学へ寄贈する準備を進めておられます。毎月少しずつ運び出される本たちは、場所を変えてもなお、多くの人々の知的好奇心を満たし続けることでしょう。個人が一生をかけて紡いだ知識の循環が、大学という公的な場へ引き継がれる。この「知のバトンタッチ」こそが、新しい文化の循環を生む起点になると私は確信しています。
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