日本経済が長年抱える最大のミステリー、それは「なぜこれほど低金利が続いても物価が上がらないのか」という問いです。日本銀行による異次元の金融緩和がスタートしてから年月が経過しましたが、目標とする2%の物価上昇はいまだに遠い霧の中にあります。東京大学の渡辺努教授は、この停滞の真犯人は「言葉」でも「事実」でもなく、人々の「経験」にあると鋭く指摘しています。
かつて日銀や多くの経済学者は、中央銀行が「インフレを起こす」と宣言すれば、人々の予想が変化して物価が上がると信じていました。しかし、現実は非情でした。日銀のメッセージは市場には届いたものの、私たち消費者の財布の紐を緩めるまでには至りませんでした。SNS上でも「日銀が何を言っても生活実感として物価が上がる気がしない」といった冷ややかな声が散見されるのは、その象徴と言えるでしょう。
デフレしか知らない「ロスジェネ以降」の呪縛
渡辺教授らの調査によれば、インフレに対する期待値には世代間で明確な差が存在します。1970年代のオイルショックや戦後の混乱を知るシニア層は、物価が上がる怖さを「経験」として知っています。そのため、日銀の政策に対しても敏感に反応しました。対照的なのが、1980年代から90年代に生まれた若年層です。彼らにとって、物価とは「上がらないのが当たり前」という不動の常識なのです。
この「インフレ期待」とは、将来的に物価がどう動くかを人々が予想することを指す専門用語です。これが低いと、企業は「値上げをすれば客が離れる」と恐れ、消費者は「今は買わずに待てば安くなる」と考えてしまいます。若者たちは生まれた時からデフレという特異な環境で育ったため、わずかな値上げに対しても異常なまでの拒否反応を示す「需要曲線の屈折」を引き起こしていると考えられます。
驚くべきことに、日本に住む外国人との比較でもこの傾向は顕著です。海外でインフレを経験してきた同世代の外国人に比べ、日本の若者は圧倒的に物価上昇を信じていません。これは単なる年齢の問題ではなく、日本独自の「デフレ経験」が思考のOS(基本ソフト)に深く書き込まれてしまっていることを示唆しています。彼らにとって、値上げはもはや理不尽な「攻撃」に近い感覚なのかもしれません。
「毎年1%の消費増税」という劇薬の是非
このままデフレ世代が社会の中核を担うようになれば、日本の停滞はさらに深刻化するでしょう。昨日と今日で価格が変わらないことを信じ切っている人々が企業の価格戦略を練り、政策を決定する時代が来れば、フェアな価格転嫁すら行われない「後ろ向きの経営」が蔓延してしまいます。私は、この「現状維持バイアス」こそが日本の生産性を押し下げている元凶であると感じてやみません。
渡辺教授は、この状況を打破するための驚くべき一案として「消費税率を毎年1%ずつ継続的に引き上げる」というアイデアを紹介しています。これは米国の経済学者フェルドシュタイン氏が提唱したもので、あえて「物価が毎年上がる状況」を強制的に作り出し、若者にインフレを体感させるという劇薬です。もちろん、これには景気を冷え込ませないための賃金補助などの緻密なセットメニューが不可欠となります。
今の日本に必要なのは、単なる数字の操作ではなく、若者たちの「物価観」をアップデートする教育や対話ではないでしょうか。日銀総裁がSNSや学校の現場で、なぜ適度な物価上昇が経済の循環に必要なのかを語りかける。そんな地道な試みが、実は10年後の日本を救う鍵になるのかもしれません。私たちは今、社会全体で「健全な物価」とは何かを再定義すべき瀬戸際に立たされています。
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