2019年08月27日、エネルギー業界に激震が走っています。その中心にいるのは、桐蔭横浜大学で特任教授を務める宮坂力氏(65歳)です。宮坂教授は、薄くて自在に曲げることができる次世代型「ペロブスカイト太陽電池」の生みの親として、いま世界中から熱い視線を浴びています。発表当初こそ静かなスタートでしたが、発電効率の劇的な向上により、現在では実用化を目指す国際的な開発競争が激化しています。
そもそも「ペロブスカイト」とは、特定の結晶構造を持つ材料を指す専門用語です。この結晶が光に極めて敏感に反応する性質を利用したのが、この新しい太陽電池なのです。従来のシリコン型が重くて硬いパネルだったのに対し、こちらは驚くほど薄く、フィルムのように湾曲した場所へも貼り付けられます。この特性により、電気自動車の車体やビルの壁面、さらにはIoT機器の電源として、私たちの生活のあらゆる場面に溶け込む可能性を秘めています。
特筆すべきは、その圧倒的なコストパフォーマンスと製造の簡便さでしょう。ペロブスカイト太陽電池は、まるで新聞を刷るかのような「印刷技術」を用いて作ることが可能です。高価な真空装置が必要だったシリコン型に比べ、製造コストを大幅に抑えられる点は、普及に向けた最大の武器といえます。宮坂教授は、これらが既存の太陽電池を淘汰するのではなく、それぞれの強みを活かして「共存」していく未来を、確信を持って見据えていらっしゃいます。
企業戦士から大学の研究者へ!「モノ作り」への飽くなき情熱
宮坂教授のキャリアは非常に個性的です。本格的に太陽電池の研究に没頭し始めたのは、47歳で大学の門を叩いてからでした。もともとは富士フイルムで人工網膜や電池開発に携わっていましたが、企業の論理による研究の中断に悔しい思いを抱え続けてきました。「後世に残るものをじっくりと作り上げたい」という純粋な情熱が、2001年に同社を退社し、アカデミアの世界へと彼を突き動かした原動力となったのです。
研究のきっかけは、まさに「偶然と出会い」の連続でした。設立したベンチャー企業に関わっていた学生が、ペロブスカイト材料の研究をしていたことが始まりです。2009年の発表当時は、変換効率(光を電気に変える割合)がわずか3.8%と低く、周囲の期待も高くはありませんでした。しかし、教授は「ユニークなことに挑戦できるのが大学の良さ」と温かく見守り、研究を継続。その決断が、のちに世界を驚かせる大発見へと繋がります。
SNS上では「日本発の技術が世界を変えるなんて胸が熱くなる」「窓ガラスが発電機になる日が待ち遠しい」といった期待の声が溢れています。2012年に変換効率が10%を超えると、世界中の研究者がこの分野になだれ込みました。現在では、最大22.7%というシリコン型に匹敵する数値まで上昇しています。日本が生んだこのイノベーションは、まさに「知の宝庫」である大学と、現場の執念が生み出した結晶だと言えるでしょう。
忍び寄る中国の影!日本発の技術を守り抜くノウハウの壁
しかし、手放しで喜んでばかりもいられません。宮坂教授が懸念しているのは、日本国内の研究者不足です。現在、中国では1万人規模の研究者がこの分野に投入されていますが、日本はわずか200人程度に留まっています。特許の出願数でも中国が圧倒しており、このままではせっかくの日本発の技術が海外に主導権を握られてしまうという、強い危機感を抱かずにはいられません。技術を守るための国家的な支援が、今こそ求められています。
それでも、宮坂教授の表情には自信が漲っています。基本的な製法は論文で公開されていますが、実際に高品質な電池を作るための細かい条件や「ノウハウ」は、簡単には真似できない領域にあるからです。長年の経験に裏打ちされた職人芸とも言える技術力が、模倣を許さない壁となっています。最前線を走り続ける教授の姿は、日本の製造業が進むべき一つの指針を示しているように思えてなりません。
太陽光発電の常識を塗り替えるペロブスカイト太陽電池。これは単なるエネルギー問題の解決策ではなく、私たちのライフスタイルそのものを変える革命です。宮坂教授が灯したこの希望の光が、やがて世界中を照らし出す日は、もうすぐそこまで来ています。この技術が日本の産業競争力を再び引き上げる鍵となることを、私は確信しています。今後もこの革新的なプロジェクトから、目が離せそうにありません。
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