2019年09月16日現在、日本の教育界は大きな転換期を迎えています。2020年度からスタートする「大学入学共通テスト」への移行を控え、記述式問題の導入や英語民間試験の活用に注目が集まっています。しかし、目を世界に向ければ、欧米の大学でも既存の枠組みを打ち破るダイナミックな入試改革が進んでいることをご存じでしょうか。国立情報学研究所の船守美穂准教授によれば、この動きは単なる制度変更ではなく、社会のあり方を問う深い変革なのです。
米国では、長年合否判定の柱だった共通試験「SAT」や「ACT」のスコア提出を必須としない「テスト・オプショナル」という方式が広がりを見せています。すでに1000校を超える4年制大学がこの制度を採用しました。背景には、受験テクニックを学ぶ余裕のある富裕層と、受験費用すら負担になる困窮層やマイノリティーとの格差を是正したいという強い意志があります。SNS上でも「点数だけで測れない才能を評価すべきだ」という声が上がり、この公平性を重んじる姿勢が支持されています。
「GRExit」の衝撃とエッセー神話の崩壊
大学院入試の世界でも異変が起きています。特に生物系のトップ校を中心に、共通試験「GRE」のスコアを要求しない流れが鮮明になりました。これは英国のEU離脱(ブレグジット)になぞらえ「GRExit(グレグジット)」と呼ばれています。調査の結果、試験の成績と入学後の研究能力に明確な相関が見られないことが判明したためです。専門的な研究の世界では、画一的な計算力や語学力よりも、個人のバックグラウンドや探究心が重視される時代へとシフトしているのでしょう。
かつて米国型入試の象徴だった「エッセー(小論文)」も、その価値が揺らいでいます。MITの教授が「中身のない文章で高得点を取る方法」を著書で紹介するほど対策がパターン化し、もはや「ゲーム」と化してしまったからです。ハーバード大学が2018年に入試エッセーの廃止を発表して以来、多くの名門校がこれに追随しました。採点側の負担もさることながら、テクニックで塗り固められた自己PRが、志願者の真の姿を映し出さなくなったことが最大の要因だと言えます。
経済格差を克服する「ニードブラインド」とドイツの挑戦
有力な私立大学では「ニードブラインド・アドミッション」という画期的な制度も普及しています。これは、志願者の家計状況を一切考慮せずに合否を決め、合格後に学費が払えない場合は大学側が奨学金などで全額カバーする仕組みです。2018年には実業家のマイケル・ブルームバーグ氏が母校へ18億ドルという巨額寄付を行い、この制度の永続を支援したことが大きな話題となりました。お金がないからと夢を諦めさせないこの姿勢は、格差社会に対する大学なりの回答なのです。
一方、ドイツでも劇的な変化が起きています。同国では通常、大学入学には「アビトゥア」という高校卒業国家試験の資格が不可欠ですが、これを持たない社会人に対しても門戸を広げ始めています。早期に職業訓練コースへ進んだ人でも、実務経験を経て大学で学び直せる「デュアル大学」などの制度が整いつつあります。これは少子高齢化が進む中で、一度キャリアを築いた人々が再び高度な教育を受ける「生涯学習」のモデルとして、日本にとっても極めて示唆に富む内容でしょう。
日本が目指すべき「地に足のついた」入試改革とは
翻って日本の現状はどうでしょうか。多様性を掲げたAO入試や推薦入試は、残念ながら「合格者の早期囲い込み」という大学側の都合に利用されがちでした。船守准教授は、日本の改革が迷走するのは「これまでと同じ層」の中でしか受験生を探していないからだと鋭く指摘します。離島の若者、在日外国人の子女、そしてキャリアアップを願う社会人。本来アプローチすべき才能ある層を、今の入試システムは取りこぼしているのではないでしょうか。
諸外国の事例を安易に模倣するだけでは、制度はすぐに陳腐化してしまいます。大切なのは「日本社会がどのような人材を必要としているのか」という本質的な議論です。共通テストの形式に一喜一憂するだけでなく、多様な背景を持つ人々が自由に学べる環境をどう構築するか。少子化で大学の存続が危ぶまれる今こそ、私たちは従来の「選別」のための試験から、個々の可能性を「引き出す」ための入試へと、意識をアップデートさせる必要があるはずです。
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