2019年09月27日、繊維業界に新たな風を吹き込む画期的な技術が注目を集めています。東レの繊維研究所で主任研究員を務める増田正人氏は、魔法の杖とも称される革新的な紡糸技術「ナノデザイン」を武器に、私たちの生活を根本から変える新素材の開発に挑んでいます。彼の専門は、粘り気のあるポリマーを自在に操り、これまで実現不可能とされてきた極細の糸を生み出すことです。
2019年5月、大阪で開催された東レの展示会では、このナノデザインを用いた高はっ水ナイロン生地がスポーツアパレル関係者の視線を釘付けにしました。特筆すべきは、環境への圧倒的な配慮です。従来の強力な水弾きには、分解されにくいフッ素系材料が不可欠でしたが、増田氏は糸の断面をギザギザの歯車型に設計することで、化学物質に頼らず物理的に水を防ぐことに成功したのです。
「面から点へ」のパラダイムシフトが壁を壊す
合成繊維の製造は、熱で溶かしたポリマーを「口金(くちがね)」と呼ばれる金属の型から押し出し、冷却して作られます。例えるなら、モンブランの絞り出し器のような仕組みですが、従来の技術では型の加工精度に限界がありました。そこで増田氏が辿り着いたのが、口金の断面を数千個のナノメートル単位の小さな「点」に分割し、それぞれからポリマーを精密に制御して送り出す驚異的な手法です。
この「点」による制御は、単に細い糸を作るだけではありません。異なる性質を持つポリマーをパズルのように組み合わせることで、シルクのような滑らかさと、スポーツウェアに必要な伸縮性を同時に持たせることが可能になりました。SNS上では「自然を壊さずに高機能を楽しめるのは最高」「日本の技術力が環境問題を解決する」といった、期待に満ちた声が数多く寄せられています。
しかし、開発の道は決して平坦ではありませんでした。微細な流れを分けると、どうしても液体の流れが途切れたり、成分が混ざり合ったりしてしまいます。増田氏は20パターンもの金属板を試作し、ポリマーの物性そのものの改良にも着手しました。ある日、実験で失敗した断面のつぶれ方に「規則性」があることを発見した瞬間、彼は「これなら制御できる」と勝利を確信したといいます。
大学時代の「納豆」研究が世界を救う鍵に?
この繊細な感覚を支えているのは、増田氏が信州大学院で研究していた「ネバネバ」の知見です。1999年に修了するまで、彼は粘り気のある液体がいかに長く糸を引くかを追求していました。納豆のように糸が引く際、元に戻ろうとする力(弾性)をどう逃がし、スムーズに動かすかという「流体力学」的な視点が、現在のナノレベルの精密制御に直結しているのでしょう。
私は、一見すると無関係に思える「ネバネバの探求」が、現代の深刻な環境問題であるフッ素化合物対策の切り札になった点に、科学の深遠な面白さを感じずにはいられません。中学時代からスニーカーの中敷きの違いに疑問を抱いていたという、根っからの「素材オタク」である増田氏の純粋な好奇心が、企業の大きな技術革新を支える原動力となっているのは、非常に心強いことです。
2019年現在、この技術は主に衣料用として展開されていますが、将来的には医療用の人工血管や高度な産業資材への応用も視野に入っています。素材が変われば、人々の健康や地球の未来も変わります。日本の職人魂と科学的な探究心が融合したナノデザインは、これから私たちの暮らしをより豊かで清潔なものへと導いてくれるに違いありません。
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