絶滅の危機から守る!北海道の「村の守り神」シマフクロウと歩む共生の森づくり

1992年に北海道へ移住してから27年もの月日が流れました。日本で唯一の生息地である北の大地で、私は日本最大のフクロウであるシマフクロウの保護活動に明け暮れています。60歳を目前にした今でも、彼らと同じ目線で森を歩き、時には木に登る毎日を過ごしているのです。アイヌ語で「コタンコルカムイ(村の守り神)」と呼ばれるこの鳥は、かつては人々のすぐそばで暮らす身近な存在でした。

シマフクロウは体長が約70センチメートルにも達する堂々たる姿が特徴で、針葉樹と広葉樹が混ざり合う豊かな森を住処としています。主食はアメマスやヤマメといった川魚ですが、100年前には道内に1000羽ほどいたと推測される彼らも、開拓による環境変化で1980年ごろにはわずか70羽まで激減してしまいました。この危機的状況を知ったことが、私の人生を大きく変える転換点となったのです。

もともとテレビ局の技術職に就いていた私は、ある日、ロシアのウスリー川を巡る紀行文に出合いました。そこには自然の豊かさの象徴としてシマフクロウが描かれ、「日本にも生息している」との一文が記されていたのです。これに突き動かされた私は、1992年に31歳で退社を決意しました。そして、酪農の町として知られる北海道浜中町へと移住し、住み込みで働きながら彼らを探す生活を始めたのです。

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執念の発見と「鳥の視点」で進める環境整備

当時、浜中町ではシマフクロウの存在は確認されていませんでした。しかし、霧多布湿原が広がるこの地には必ずいると確信し、夜明けから日没まで森を歩き続けました。そして3カ月が経過したある日、ついに枝に佇む1羽を発見したのです。あまりの喜びにカメラを持つ手が震え、写真はブレてしまいましたが、あの瞬間の興奮は今も忘れません。ここから、私の本格的な調査と保護の道がスタートしました。

鳥たちの生態を知るためには、人間中心の考えを捨て、彼らの身になって思考することが不可欠です。夜行性である彼らを理解するため、1997年からは森の一軒家で昼夜を問わぬ定点観測を開始しました。シマフクロウは飢えに強く気丈に振る舞いますが、限界が来ると突然命を落とすこともあります。そこで私は、魚が泳ぐ給餌池の設置や、交通事故を防ぐためのフェンス作りなど、安全な環境整備に奔走してきました。

こうした地道な活動と地域の方々の理解が実を結び、現在では生息数が170羽まで回復しています。SNS上でも「守り神が少しずつ増えているのは希望だ」「野生動物との共生を考えさせられる」といった応援の声が寄せられています。2008年にはNPO法人「シマフクロウ・エイド」を設立し、次世代を担う子供たちへの出前授業にも力を注いでいます。彼らが安心して暮らせる森を守ることは、私たちの未来を守ることでもあるのです。

私自身の信念として、保護活動は単なる「救済」ではなく、人間が壊してしまったバランスを取り戻す「責任」だと感じています。シマフクロウは非常に繊細で、繁殖期に人間が近づきすぎると子育てを放棄してしまうことさえあります。だからこそ、適切な距離感を保ちながら、彼らが誇り高く生きられる環境を維持し続けたいと考えています。皆さんも、まずはこの美しい「守り神」に関心を持つことから始めてみませんか。

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