昭和の演芸と粋を愛した人々への鎮魂歌。矢野誠一が綴る珠玉の随筆集『昭和も遠くなりにけり』の深い味わい

演劇や演芸の評論において、第一線で筆を振るい続けてきた矢野誠一氏。その最新随筆集である『昭和も遠くなりにけり』(白水社)が、2019年09月28日現在、多くの読者の心を静かに揺さぶっています。中村草田男の有名な俳句「明治は遠くなりにけり」を意識したこのタイトルには、二度と戻ることのない黄金時代への惜別と、過ぎ去った月日への深い愛着が込められているようです。

本書の大きな軸となっているのは、名だたる文化人たちが集い、言葉の遊びに興じた「東京やなぎ句会」の回想です。この句会は、単なる趣味の集まりを超え、昭和の粋を体現する社交場として知られていました。SNS上でも「かつての輝かしい東京の文化がここにある」「メンバーの顔ぶれを見るだけで、ため息が出るほど豪華だ」といった熱い反響が寄せられており、当時の熱狂を懐かしむ声が絶えません。

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失われゆく「昭和の才能」と向き合う、寂寥感の美学

しかし、物語が進むにつれて読者は、避けることのできない「別れ」の気配を感じ取ることでしょう。かつての句友たちが一人、また一人とこの世を去っていく様子を、矢野氏は「寂寥(せきりょう)」という言葉で表現しました。これは、単なる寂しさではなく、大切なものを失った後の、どこか澄み渡った空虚な心地を指す専門用語です。著者の筆致は、人生の陰影を鮮やかに描き出しています。

特に、昭和の名俳優である小沢昭一氏や、落語界の至宝・古今亭志ん朝氏との思い出を綴った章は、演芸ファンにとって涙なしには読めないはずです。彼らのような唯一無二の個性が消えていくことは、日本の文化史における大きな喪失と言えるでしょう。一人の編集者として、こうした貴重な記憶が、矢野氏の美しい日本語によって令和の時代へ語り継がれることの意義は極めて大きいと感じます。

本書の構成が見事なのは、これら公の場での別れが、終盤に収録された「妻のいない日日」という私的な喪失と静かに共鳴する点です。社会的な「昭和」の終焉と、個人的な人生の伴侶との別離が重なり合い、読む者の心に深い余韻を残します。また、長年演芸を見つめてきた著者ならではの鋭い落語論も収められており、単なる思い出話に留まらない、文化的な深みを湛えた一冊に仕上がりました。

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