台風19号の教訓:崩壊した「堤防神話」と私たちが向き合うべき水害リスクの真実

2019年10月12日から13日にかけて日本列島を襲った台風19号は、記録的な大雨により全国140以上の河川で氾濫を引き起こしました。長野県を流れる千曲川では約70メートルにわたって堤防が決壊し、広大な住宅地が濁流に飲み込まれるという衝撃的な光景が広がっています。SNS上では「まさか自分の街の堤防が切れるなんて」という悲鳴に近い投稿が相次ぎ、私たちが無意識に抱いていた「堤防があるから大丈夫」という安全神話が音を立てて崩れ去った瞬間でもありました。

今回の決壊の大きな要因として、河川工学の専門家である岡山大学の前野詩朗教授は「越水(えっすい)」の危険性を指摘されています。これは、川の水位が堤防の高さを超えて溢れ出し、その勢いで堤防そのものを削り取ってしまう現象のことです。単なる増水による浸水とは異なり、堤防自体の構造が破壊されるため、一度発生すると被害が深刻化し、浸水時間も長期化する恐れがあります。治水の要である堤防が、自らの天敵である水によって物理的に破壊されてしまうのです。

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バックウォーター現象と構造的弱点

茨城県の那珂川などで見られた氾濫では、「バックウォーター現象」が起きた可能性も浮上しています。これは、本流の水位が上昇したことで支流の水が流れ込めなくなり、逆流して堤防を決壊させる現象です。2018年7月の西日本豪雨でも、岡山県倉敷市真備町地区で甚大な被害をもたらした原因として知られています。中央大学の山田正教授(水文学:地球上の水循環を研究する学問)によれば、日本の多くの河川は川幅に対して堤防の幅が狭く、構造的に決壊しやすいという課題を抱えています。

山田教授は、堤防の安全性において重要なのは「高さ」よりも「幅」であると力説されています。幅を2倍に広げることができれば、決壊の多くは防げると考えられていますが、そこには大きな壁が立ちはだかります。国土交通省は、200年に1度の大雨にも耐えうる「スーパー堤防(高規格堤防)」の整備を進めていますが、これは通常の10倍から15倍もの莫大なコストを要します。過去の政権交代時には予算の無駄として議論の対象になった経緯もあり、財源確保は極めて厳しいのが実状です。

「ここにいてはダメ」という勇気ある警告

地球温暖化の影響により、海水温が高いまま維持されることで、台風は勢力を保ったまま日本へ上陸するようになっています。こうした気候変動に対し、ハード面での対策だけで命を守るには限界があると言わざるを得ません。例えば、東京都江戸川区は2019年5月に「ここにいてはダメ」という非常に強い言葉を使ったハザードマップを公開しました。これは、浸水が予想される地域に留まることの危険性を周知し、区外への早期避難を促すための異例の呼びかけです。

私は、この江戸川区の姿勢こそがこれからの防災のスタンダードになると考えています。立派な堤防を造ることも大切ですが、自然の猛威が人間の想像を上回る今、行政に依存しすぎる「堤防神話」を捨てる時が来ています。前野教授が強調するように、財政的に全国の堤防を完璧にすることは不可能です。だからこそ、私たち一人ひとりが「自分の命は自分で守る」という意識を持ち、空振りを恐れずに早めの避難行動を起こすことが、最も確実な防災対策になるのではないでしょうか。

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