「末は博士か大臣か」という言葉は、かつて子供の輝かしい将来を願う決まり文句として親しまれてきました。しかし、平安時代という遠い昔に、この二つの頂点を実際に極めた人物が存在したことをご存じでしょうか。その人物こそ、現代では学問の神様として親しまれている菅原道真です。
2019年11月02日に紹介された滝川幸司氏の著書では、最新の研究成果を交えながら、この悲運の天才が歩んだ波乱万丈な生涯が鮮やかに描き出されています。道真は当時の最高学府である大学寮で、歴史や文学を学ぶ「紀伝道(きでんどう)」を専攻した、いわば超エリートの文学青年でした。
今で言う文学科を卒業した彼は、文章作成の専門家である「文章博士(もんじょうはかせ)」という輝かしい役職に就きます。その類まれなる才能は宇多天皇の目に留まり、秘書室長にあたる「蔵人頭(くろうどのとう)」へと大抜擢されました。文人が政治の中枢へ駆け上がる姿は、現代のSNSでも「究極のキャリアアップ」として驚きの声が上がっています。
右大臣への栄転と、突如として牙を剥いた「負の連鎖」
道真はついに政治の要職である右大臣にまで上り詰めますが、好事魔多しと言われる通り、そこには残酷な罠が待ち受けていました。ライバルたちの策略による「讒言(ざんげん)」、つまり事実無根の悪口によって、彼は天皇を欺こうとした大罪人という濡れ衣を着せられてしまうのです。
この陰謀によって、道真は住み慣れた都を追われ、九州の大宰府へと左遷されることになりました。SNS上では「有能すぎるがゆえの悲劇」と同情を寄せる投稿が目立ちますが、当時の彼が抱いた絶望は計り知れません。結局、彼は失意のうちに、異郷の地でその波乱の生涯を閉じることとなりました。
彼の功績として最も有名な「遣唐使の廃止」ですが、本書では驚くべき新事実が指摘されています。実は、正式な中止決定はなされておらず、道真自身も大使の職を解かれないままでした。歴史の教科書で習う「単純な中止」という解釈を覆すこの視点は、知的好奇心を大いに刺激してくれます。
漢詩に込められた魂と、現代へ繋がる共同研究の価値
また、藤原基経が政務をボイコットした「阿衡(あこう)事件」への関与も詳細に綴られています。これは、天皇が発した勅書の中の言葉が「実権のない名誉職」を指すと抗議された騒動です。学問が単なる教養ではなく、政治闘争の武器として機能していた当時のリアルな空気が伝わってきます。
近年の研究では、道真が遺した美しい漢文作品への注目が再び高まっています。私は、道真が詠んだ詩の一つひとつが、政治という荒波の中で彼が自己を保つための「祈り」だったのではないかと感じます。文学と政治が複雑に絡み合うその生き様は、現代を生きる私たちの心にも深く突き刺さるはずです。
著者は、道真という人物を「歴史や文学の垣根を越えた共同研究に最適なテーマ」であると語っています。一人の人間を多角的に分析することで、平安時代という鏡を通して今の日本が見えてくるかもしれません。新たな道真像を提示した本書は、まさに全歴史ファン必読の一冊と言えるでしょう。
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