日本の美術界において、動物をモチーフにした作品は数多く存在しますが、その中でも圧倒的な存在感を放つのが高村光雲の手による「老猿」です。千葉市美術館の河合正朝館長は、西洋美術の概念を物差しにするならば、日本には本来の意味での「彫刻」は存在しないのではないかという、非常に鋭く大胆な仮説を提示されています。もちろん、8世紀初頭や13世紀前半には彫刻と呼べる造形が見られましたが、それらとは一線を画す独特の精神性が、この「老猿」には宿っているのです。
1852年に江戸の浅草で産声を上げた高村光雲は、仏像を彫る専門職人である「仏師」の系譜を継ぐ高村東雲に師事しました。彼は後に東京美術学校の教授として、日本の彫刻教育の土台を築き上げた人物として知られています。江戸時代から続く伝統的な木彫の技術に、明治以降に流入した西洋美術の徹底した「写実(対象をありのままに再現する手法)」を融合させた点に、彼の真骨頂があります。光雲は、古き良き伝統を守りながらも、木彫の世界に全く新しい風を吹き込んだ革命児といえるでしょう。
世界を魅了した日本の魂と卓越した技術
この「老猿」が世界にその名を知らしめたのは、1893年に開催されたシカゴ万博でのことです。当時、この作品は現地で極めて高い評価を獲得しました。さらに驚くべきことに、河合館長は2019年に入ってから、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーにおいて再びこの名品を展示されています。あえて人間ではなく動物をモチーフにした作品を欧米の観客に提示した背景には、日本独自の彫刻文化とは何かを世に問い、その真価を証明したいという強い情熱が込められていたに違いありません。
1893年に制作されたこの像は、高さが108.5センチメートルにも及び、現在は東京国立博物館に所蔵されています。SNS上でも、「写真で見る以上に迫力がすごい」「猿の毛一本一本に魂が宿っているようだ」といった、光雲の執念とも言える緻密な表現に驚嘆する声が絶えません。西洋の石像とは異なる、木という素材を活かした温もりと力強さの共存は、まさに日本の近代彫刻における一つの到達点と言えます。私自身も、この作品が放つ威厳は、単なる技術を超えた精神のの発露だと感じてやみません。
近年の研究では、こうした日本の近代木彫が再評価されており、専門家の間でも熱い議論が交わされています。人体を理想化する西洋彫刻に対し、動物という生命体を通じて「生」のリアリティを表現した「老猿」は、私たちに「真の日本彫刻とは何か」を静かに語りかけてくるようです。2019年11月26日の時点においても、その輝きは色あせるどころか、ますます深みを増しているように感じられます。ぜひ一度、その鋭い眼光の先に何があるのかを、ご自身の目で確かめてみてはいかがでしょうか。
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