化粧品・健康食品の大手、ファンケルの創業者である池森賢二氏が、自身の経営者人生の大きな転換点について語りました。2002年、同社は製品ラインナップの刷新を試みましたが、それが思わぬ騒動に発展したのです。品質を向上させた30ミリリットルの新製品を投入する一方で、長年愛されてきた10ミリリットルサイズの廃止を決定したところ、既存のファンからかつてない猛反発を受けました。
実の妹からも「もうファンケルは使わない」と告げられるほどの衝撃を受け、池森氏は深く猛省したそうです。店頭での見栄えを優先した「企業側の都合」を恥じ、2002年には新聞で「最近のファンケルは思い上がっていないか」という異例の謝罪広告を掲載しました。この潔い姿勢は大きな話題を呼び、結果として顧客第一主義を再定義するきっかけとなりました。SNS等の反応を見ても、こうした「耳の痛い意見」を真摯に受け止めるトップの姿勢こそ、ブランドへの信頼を強固にするものだと言えるでしょう。
潔い「65歳引退」と後継者選びの難航
池森氏はかつて日経新聞の記者から「65歳を過ぎると経営判断が鈍る」と指摘されたことを胸に刻んでいました。そのため、自らが「老害」となることを避けるべく、2003年の65歳での引退を固く決意します。しかし、最大の課題は後継者不在でした。ご子息は芸術の道に進み経営に興味がなく、適任者探しは難航を極めました。当時の経営者仲間の多くは世襲を否定しながらも結局は子に継がせていましたが、池森氏はあくまで第三者への継承を模索しました。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時ローソンの社長を退任する意向だった藤原謙次氏です。池森氏が掲げる「価値観の共有」や「人望」といった5つの条件を完璧に満たす人物でした。ダイエー創業者・中内功氏の秘書を務めた義弟の縁を頼りに帝国ホテルで交渉を行い、2003年2月に社長交代の記者発表が行われました。同年6月には新体制が発足し、池森氏は肩の荷を下ろした安堵感を日記に綴っています。
「ダイエーイズム」との文化的な衝突と見えてきた課題
当初は順調に見えた新体制でしたが、次第に「文化の違い」が表面化します。藤原氏が持ち込んだのは、ダイエーグループに根付く「売上至上主義」でした。その象徴が、店内にジューススタンドを備えた新型店「J」の展開です。サプリメント販売の呼び水にする狙いでしたが、1店舗あたり最大500万円もの改装費用がかかる高コスト体質が懸念材料となりました。
経営の現場では、社長の顔色を伺うような報告が目立つようになります。例えば、改装直後の売上増加を強調し、多額のコストを度外視して増収のみを誇る姿勢に、池森氏は強い危機感を抱きました。「無意味な比較はやめろ」と担当者を叱責したエピソードからは、実質的な利益を軽視する組織への苛立ちが伝わります。これは現代のビジネスにおいても、形骸化したKPI(重要業績評価指標)を追うことで本質を見失うリスクへの警鐘と言えるでしょう。
結果として組織は肥大化し、売上は伸びる一方で利益が削られる事態に陥りました。池森氏は、藤原氏の情熱を認めつつも、長年築き上げたファンケルの文化が変質していくことに不安を募らせていきます。経営のバトンタッチがいかに困難であるか、そして「企業文化」の不一致がいかに現場を疲弊させるかを物語る貴重な証言です。
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