【RIZAP瀬戸健社長】富良野の闇で流した涙。鶏の屠殺体験から学んだ「命の重み」と経営の原点

結果にコミットする「RIZAP(ライザップ)」グループを牽引する瀬戸健社長が、自身の人生観を大きく揺さぶった、ある特別な体験を語ってくださいました。それは2014年ごろ、ソフトバンク専務執行役員の青野史寛氏に誘われ、北海道・富良野を訪れた際のことです。ミクシィ元社長の朝倉祐介氏ら、気鋭の若手経営者たちが集ったこの合宿は、単なる親睦会を遥かに超えた、野生の感覚を呼び覚ますための過酷なプログラムでした。

合宿の舞台となったのは、文明の利器から切り離された富良野の大自然です。瀬戸社長たちは、目隠しをして素足で鬱蒼とした林を歩き回り、あるいは真っ暗な夜の静寂の中で、ただ無言で夜空に瞬く星々を見つめ続けました。普段、都会でのビジネスの最前線では鈍くなりがちな視覚や触覚といった「五感」が、剥き出しの環境によって強制的に研ぎ澄まされていく時間は、経営者としての感性を磨く貴重なひとときだったといえるでしょう。

しかし、この合宿には最も過酷な、そして避けては通れない「命の儀式」が組み込まれていました。それは、生きている鶏を自らの手で屠殺(とさつ)し、調理して食すという、食の原点に立ち返る体験です。屠殺とは、家畜などの命を絶って食肉にする作業を指しますが、現代社会ではシステム化されており、私たちがその現場に立ち会うことは滅多にありません。血を見ることに対して強い抵抗感を持っていた瀬戸社長は、当初この行事への参加を固辞していました。

葛藤の末、瀬戸社長は「仲間と同じ経験を共有したい」という強い思いから、決死の覚悟で参加を決意しました。富良野の荒々しい自然に背中を押されるようにして鶏と対峙し、首をはね、血を抜き、羽をむしるという一連の作業に、取り憑かれたかのような集中力で挑んだのです。それは、ビジネス上の決断とは全く異なる次元の、命を奪うことへの凄まじい責任感を伴う行為であったに違いありません。

作業を終えた後のキャンプファイアで、瀬戸社長の感情はついに溢れ出しました。青野氏に抱きかかえられながら、止まらない涙と共に痛感したのは、一つの命を奪うことでしか成立しない、自らの生存の現実です。SNS上でも「経営者の精神的な深さを感じる」「食に対する感謝の概念が変わる」と大きな反響を呼んだこのエピソードは、単なる美談ではなく、私たちが今この瞬間を生きていることの奇跡を真っ向から突きつけてきます。

私は、瀬戸社長が流した涙こそが、ライザップが掲げる「人は変われる」という信念の根底にある温かさの正体だと感じました。命の重みを肌身で感じ、自分自身もまた「生かされている」という謙虚な視点を持つことは、組織を率いるリーダーにとって何よりも重要な資質ではないでしょうか。天から降り注ぐような深い慈しみに包まれた瀬戸社長は、2019年11月26日現在、一瞬一瞬を大切に生きる決意を胸に、今日も情熱的に走り続けています。

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