時計の針を少し戻してみましょう。今から遡ること24年前、1995年05月31日のことです。当時の東京都知事、青島幸男氏が下したある決断が、日本中に激震を走らせました。翌年3月から開催予定だった「世界都市博覧会(都市博)」の開催中止を、正式に表明したのです。巨額の税金が動く公共事業が、トップの一声で白紙に戻る。それは、政治のドラマであると同時に、バブル経済の完全な終焉を告げる象徴的な出来事でもありました。
この「今日は何の日」というニュースに対し、現在のSNS上では当時を知る世代から様々な反応が寄せられています。「あの時の青島知事は本当にかっこよかった」「公約を絶対に守る政治家なんて、今思えば希少種だ」と、その潔さを評価する声が目立ちます。一方で、「あの中止でお台場の開発が10年遅れた」「混乱だけ残して去った印象」という厳しい意見もあり、四半世紀近く経った今でも評価が分かれる歴史的事件であることがうかがえます。
「公約」と「議会」の板挟みの中で
そもそも世界都市博覧会とは、前任の鈴木俊一知事が4期16年の集大成として計画した一大イベントでした。目的は、現在のお台場周辺である「臨海副都心」の開発を加速させる起爆剤にすること。しかし、バブル崩壊後の不況下において、その巨額予算には批判が集まっていました。そこに現れたのが、放送作家やお茶の間の人気者として知られた青島氏です。「都市博中止」をスローガンに掲げ、無党派層の圧倒的な支持を受けて1995年04月に当選を果たしました。
しかし、当選後の道のりは茨(いばら)の道でした。東京都議会は開催推進派が多数を占めており、開催を求める決議を大差で可決するなど、知事への圧力を強めていたのです。それでも青島氏は「悩みに悩んだ」と吐露しつつも、「公約を守ることが私の政治的責任」として中止を断行しました。既得権益や議会の圧力に屈せず、有権者との約束を最優先したこの姿勢は、良くも悪くも強烈なインパクトを残しました。
マルチタレントが見せた政治家の矜持
私自身の見解を述べさせていただくと、青島幸男という人物は、政治家としての手腕以上に「表現者」としての美学を貫いた人だったように思います。「スーダラ節」の作詞やドラマ「意地悪ばあさん」の主演、さらには直木賞作家と、彼は稀代のマルチタレントでした。都知事としては議会との対立で孤立し、目立った政策を残せずに1期4年で退任しましたが、「嘘をつかない」という一点においては、誰よりも誠実だったと言えるのではないでしょうか。
2006年に74歳でこの世を去った青島氏。もし彼が生きていて、2020年に迫った東京オリンピック・パラリンピックの膨らみ続ける予算を見たら、どんな風刺を効かせたでしょうか。政治への不信感が募る現代において、不器用なほどに約束にこだわった彼の姿は、私たちに「政治家とは誰のためにあるべきか」を改めて問いかけている気がしてなりません。
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