🧀【バスクチーズケーキ】旋風再び!日本人が愛してやまない「チーズケーキ」とオリンピックに秘められた驚きの物語

今、スイーツ業界で大きな話題となっているのが、表面が真っ黒に焼き上げられた「バスクチーズケーキ」です。2019年に入り専門店が続々とオープンし、その人気はまさに再燃といった状況でしょう。元々レア、ベークド、スフレなど多様なスタイルを持つチーズケーキですが、このブームは一時的なものにとどまらない、特別な魅力があるように感じられます。チーズケーキは、どのようにして私たちの国の定番スイーツへと進化し、愛されてきたのでしょうか。その歴史を紐解くと、驚くべき繋がりが見えてきます。

このバスクチーズケーキの火付け役の一つが、東京・港区に店を構える専門店「ガスタ」です。2019年5月下旬の時点では、午前9時の開店を待つ人々が朝8時には列を作るほどの盛況ぶりで、1日に1,000個も売り上げているというから驚きですね。このバスク地方はフランスとスペインにまたがる地域で、スペイン側の美食の街として名高いサンセバスチャンのバル「ラ・ヴィーニャ」のチーズケーキが世界中から注目を集めています。

「ガスタ」のシェフである戸谷尚弘さんも、その一人です。現地で初めて味わった際、「こんなにおいしいものがあるんだという喜びと、作れない悔しさとで、自分の中の何かが打ち砕かれた」と、その時の衝撃の大きさを語っていらっしゃいます。何度もレシピを教えてほしいと懇願するも断られ続けましたが、諦めずに足を運び続けた結果、突然厨房に入ることを許され、秘伝のレシピを伝授されたというのです。その特徴は、外側はしっかり焼き色がついて香ばしいにもかかわらず、口に入れた瞬間に「とろとろ」と溶けていくような特別な食感です。特別な材料を使っているわけではないそうですが、その秘密は「配合」と、熱伝導の低い木の上で3時間以上かけてじっくりと冷ますという「冷まし方」にあると、戸谷シェフは教えてくれました。

2018年7月の「ガスタ」の開店を皮切りに、都内ではバスクチーズケーキを扱うお店が相次いで登場しています。そして、さらにこの人気を全国区へと押し上げたのが、大手コンビニエンスストアのローソンが2019年3月に発売した「バスチー」でしょう。発売からわずか3日間で100万個、2カ月で1,300万個を売り上げるという大ヒットを記録しました。SNS上でも、「#バスチー」というハッシュタグと共に「濃厚なのに軽い」「専門店レベル」「また食べたい」といった反響が飛び交い、瞬く間に「バスクチーズケーキ旋風」が巻き起こっている状況なのです。この専門店からコンビニスイーツへと広がるブームは、日本の食文化におけるチーズケーキへの期待の高さを表していると言えるでしょう。

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日本のチーズケーキ文化と古代オリンピックの意外な接点

ところで、私たちが日常的に楽しんでいるチーズケーキの歴史は、一体いつから始まったのでしょうか。お菓子の歴史研究家である猫井登さんによると、その起源には複数の説が存在するようです。最も古い記録は約7,000年前に現在のポーランド付近で食べられていたというものや、古代ギリシャの「トリヨン」が原型ではないかという説もあります。「トリヨン」とは、チーズに卵や小麦粉を混ぜてゆでたもので、驚くことに紀元前776年に開催された最古のオリンピックにおいて、選手たちに提供されていたという記録が残されているのです。つまり、チーズケーキは選手村での食事の一部として、古代のトップアスリートのエネルギー源となっていたかもしれない、というわけですね。美味しいだけでなく、体を作るための食べ物だったとは、非常に興味深いエピソードだと言えるでしょう。

私たちが「チーズケーキ」として認識する形が日本で広く親しまれるようになったのは、1960年代からと考えられています。その大きなきっかけを作ったのは、1969年に洋菓子大手のモロゾフが発売した商品です。当時の社長が、製菓用の機械を買い付けるためにドイツを訪れた際、現地の喫茶店で食べたチーズケーキの濃厚な味わいに感銘を受け、開発に至ったそうです。クリームチーズを贅沢に使って焼き上げたこの「ベークドチーズケーキ」は、ずっしりとした食べ応えが特徴です。

実は、ベークドよりも一足早く1965年に発売されていたのが、トップス(東京・中央)の「レアチーズケーキ」です。焼かずに作られるレアチーズケーキは、ベークドとは異なり日本発祥とも言われていますが、トップス側では「発祥かどうかは分からない」とのこと。真相は謎に包まれています。一方で、「スフレチーズケーキ」の起源は、比較的確かなようです。これは、卵白を泡立てたメレンゲを生地に加えて焼き上げるため、口当たりがふわふわと軽く、なめらかな食感が楽しめます。

このスフレチーズケーキは、1969年に当時の大阪市にあった「ホテルプラザ」の料理長、安井寿一さん(故人)が考案したとされています。安井さんに師事した「ショコラティエ パレドオール」のオーナーシェフである三枝俊介さんは、「『ここにしかないものを』という強い思いから、濃厚な風味と軽い食感の両立にこだわり、完成までに相当な試行錯誤を繰り返されたようです」と語っています。海外では「ジャパニーズスタイル」とも呼ばれるこのスフレチーズケーキは、まさに日本の食の繊細さや、職人の熱意が結実した逸品と言えるでしょう。

東京五輪とチーズケーキの切っても切れない不思議な縁

さらに歴史を遡ると、チーズケーキとオリンピックの不思議な縁が垣間見えます。浜松市にある「まるたや洋菓子店」の会長、望月まさ子さんによれば、同店では前回の東京オリンピックが開催された年の1964年にベークドチーズケーキを発売していたというのです。そして、そのレシピを教えたのは、NHKの大河ドラマ「いだてん」の主人公としても知られる、五輪招致に尽力した水泳指導者・田畑政治さんの娘さんでした。彼女がアメリカへのホームステイ中に、オランダ人から教わったレシピだそうです。望月会長は創業者の秋田一雄さんの娘であり、「母の叔父が田畑政治」というから、まさに驚くべきつながりですね。

古代オリンピックの選手食として供されたチーズケーキ。そして、前回の東京オリンピック開催の年に日本で発売されたチーズケーキ。さらに来年2020年には、再び東京でオリンピックが開催されます。この状況を鑑みると、チーズケーキとオリンピックには、何か切っても切れない不思議な縁があるように思えてなりません。このブームの波は、来たる東京五輪を見据えてのものなのでしょうか。この疑問を「ガスタ」の戸谷シェフにぶつけてみたところ、「まったく意識していないですね」と、あっさりと否定されてしまいましたが、単なる偶然では片づけられない歴史の面白さを感じずにはいられません。

パリでは少数派?日本人とチーズケーキの特別な関係

日本では、チーズケーキは老若男女に愛される定番スイーツとなっています。スーパーマーケットの成城石井では、「プレミアムチーズケーキ」が約1万点ものアイテムの中で売上トップを誇っているほどです。しかし、海外、特に「スイーツの都」というイメージの強いパリなどでは、少し事情が異なるようです。猫井登さんによると、フランスではケーキ店でチーズケーキを扱っていることはほとんどないと言います。その理由として、「フランスでは、食後の楽しみとしてチーズとデザートの二つがある。チーズケーキだと楽しみを一つ奪うことになるから」と猫井さんは推測しています。

この背景には、日本人特有の嗜好があると見ることもできます。「ショコラティエ パレドオール」の三枝俊介シェフは、「ショートケーキなどと同様に、日本人の嗜好に合わせて進化を遂げた」と分析しています。ふわふわのスフレから、ずっしり濃厚なベークド、そして今回のとろとろのバスクまで、日本の作り手たちが創意工夫を重ね、独自に発展させてきた結果、これほどまでに愛されるスイーツになったのではないでしょうか。つまり、チーズケーキの奥深い美味しさを一番知っているのは、私たち日本人なのかもしれませんね。

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