世界中の囲碁ファンに激震が走っています。韓国が誇る伝説的なトップ棋士、李世ドル(イ・セドル)九段が、2019年11月19日にプロ棋士としての現役を退く意向を固め、韓国棋院へ引退届を提出したことが明らかになりました。36歳という、棋士として脂の乗った時期での決断に、多くの人々が驚きを隠せません。
李九段といえば、2016年に米グーグル傘下のディープマインド社が開発した囲碁AI「アルファ碁」と歴史的な対局を繰り広げた人物です。アルファ碁とは、膨大なデータを学習し、人間では及びもつかない超高速の計算能力で次の一手を導き出す人工知能ソフトを指します。彼はこの「人類の代表」として、AIから唯一の白星を挙げたことでも知られています。
しかし、今回の引退に際して聯合ニュースのインタビューに応じた彼は、胸の内を非常に率直に語りました。李九段は、AIの圧倒的な進化を目の当たりにし、「たとえ死に物狂いで努力して第一人者になったとしても、自分はもはや最高ではないと思い知らされた」と吐露しています。どんなに腕を磨いても「勝てない存在」の出現が、彼の心を折ったのです。
SNS上では「一時代が終わった」「AIに勝った唯一の人間が去るのは寂しすぎる」といった惜別の声が相次いでいます。一方で「勝負師として、自分より強いものが存在することに耐えられなかったのではないか」と、彼の潔い姿勢に敬意を表する意見も多く見られました。知性の最高峰とされた囲碁界において、AIの影はこれほどまでに色濃く落とされています。
AI時代の到来と人間の尊厳を問い直す勇気
編集部としては、今回の引退は単なる一スポーツ選手の引退以上の意味を持つと感じています。李九段は、かつては人間同士が切磋琢磨して高みを目指していた世界に、計算という名の「正解」を持ち込んだAIに対して、真摯に向き合いすぎたのかもしれません。彼の苦悩は、これからAIと共生していく私たち人類が直面する課題そのものです。
しかし、彼がアルファ碁からぎぎ取った「1勝」の価値が色あせることはありません。AIには感情もプレッシャーもありませんが、人間にはそれがあります。極限の精神状態で生み出された一手が、機械の計算を上回った瞬間の感動は、多くの人々に勇気を与えました。最高位を目指す者としてのプライドを貫いた彼の決断は、非常に人間らしい選択と言えるでしょう。
2019年11月30日現在、囲碁界はAIを研究ツールとして活用する新しいフェーズへと移行しつつあります。李九段は一線を退きますが、彼が遺した「神の一手」への探求心は、次世代の棋士たちに受け継がれていくに違いありません。AIという高い壁を前に、敗北を認めてなお凛とした彼の背中を、私たちは忘れるべきではないのです。
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