2019年12月05日、日本政府が来春に予定している中国の習近平国家主席の国賓来日をめぐり、自民党内で激しい議論が巻き起こっています。国賓とは、政府が外国から迎える賓客の中で最も高い格式を持つ存在であり、天皇陛下とのご会見や宮中晩餐会といった特別な行事が執り行われるものです。
しかし、この破格の待遇に対して党内からは厳しい目が注がれています。その背景には、尖閣諸島周辺で繰り返される中国船の領海侵入や、中国当局による日本人の拘束事案が解決していないという深刻な現状があるからです。こうした摩擦が続く中での「おもてなし」に、疑問を呈する声が出るのは当然の帰結と言えるでしょう。
特に注目されているのが、香港で激化している警察とデモ隊の衝突です。民主化を求める市民への強硬な姿勢に対し、国際社会の批判は日に日に高まっています。自由や民主主義といった普遍的な価値観を共有する日本として、このタイミングで習氏を最上級の扱いで迎えることが果たして適切なのか、多くの議員が苦悩しています。
SNS上では「今の中国の振る舞いを見れば国賓招待はありえない」という反対意見が目立つ一方で、「隣国だからこそ首脳同士が対話すべきだ」という冷静な声も散見されます。国民の間でも、経済的な繋がりと安全保障上の懸念の間で、感情が複雑に交錯している様子が伺えます。
自民党の有志グループである「日本の尊厳と国益を護る会」は、2019年11月に国賓待遇に反対する提言をまとめました。2019年12月03日の参議院外交防衛委員会では、佐藤正久前外務副大臣が「なぜ陛下が前面に立たれる国賓でなければならないのか」と、政府の説明不足を鋭く追及しています。
一方、岸田文雄政調会長ら党幹部は、外交上のメリットを強調する立場を崩していません。首脳レベルの交流を維持することで、不測の事態を回避し、中国との関係を適切にコントロールしていく戦略が必要だという考えです。対話の窓口を閉ざさずに、懸案事項を直接ぶつける機会にすべきだとの主張でしょう。
私個人の見解としては、外交において「対話」は不可欠ですが、国賓という形式には極めて慎重であるべきだと考えます。国賓は単なる実務的な訪問ではなく、国家としての敬意の象徴です。現状の問題が棚上げされたまま進めば、誤ったメッセージを国際社会に発信しかねないという危惧を感じざるを得ません。
歴史的な節目となるはずの来春の訪問が、日本にとってプラスとなるのか、それとも禍根を残すのか。政府には、党内や国民が納得できるだけの論理的で誠実な説明が求められています。二国間の未来を左右するこの大きな決断に、今まさに日本中の注目が集まっている状況なのです。
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