【加賀屋の流儀】「コピー係」から4万人を率いるトップへ。日本一の旅館が明かす「スター従業員」の育て方

「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で、長きにわたり総合1位の座に君臨し続ける石川県・和倉温泉の老舗旅館「加賀屋」。2019年5月30日、その伝統を守りながら革新を続ける5代目社長、小田與之彦(おだ・よしひこ)氏のインタビュー記事が公開され、ビジネスパーソンを中心に大きな注目を集めています。創業時はわずか12部屋だった小さな宿は、今やグループ全体で約1000人の従業員を抱え、台湾にも進出する巨大企業へと成長しました。

この記事に対し、SNS上では「トップが自分を『凡人』と言える強さがすごい」「おもてなしを科学する姿勢に感動した」といった称賛の声が相次いでいます。特に、社長自身の挫折や経験に基づいたリーダー論は、業種を超えて多くの人の心に響いているようです。では、顔を合わせることすら難しい1000人の従業員に、いかにして極上の「おもてなし」の心を伝えているのでしょうか。

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「複写長」と揶揄された過去からの覚醒

小田社長は最初からカリスマリーダーだったわけではありません。副社長時代は「コピーしかとっていないから『複写長』だ」と周囲からかわれていた時期もあったと告白しています。転機となったのは2008年、38歳の時に就任した日本青年会議所(JC)の会頭という大役でした。全国4万人の若手経営者を率いる立場になり、「会ったこともない会員たちが私の背中を見ている」というプレッシャーの中で、リーダーとしての自覚が芽生えたといいます。

「リーダーたるもの、自分の人間性をしっかり持たなければならない」。このJCでの経験が、現在の加賀屋の経営に直結しています。直接会えなくとも、トップのビジョンや振る舞いは必ず末端まで伝わる。だからこそ、従業員が「ここで働いてよかった」と思える会社にすることが自分の責務だと断言するのです。虚勢を張らず、過去の未熟さをさらけ出せる姿勢こそが、彼の求心力の源泉なのかもしれません。

「暗黙知」を「形式知」へ変える仕組み

かつて加賀屋を拡大させた先代の父は、強烈なトップダウン型でした。しかし小田社長は「自分は凡人。現場のスタッフこそがプロフェッショナル」と割り切り、現場が自発的に動く「スター育成」型の組織へと舵を切りました。そこで導入されたのが、「KPI(重要業績評価指標)」と「メイ・アイ・ヘルプ・ユー・リポート」という2つの手法です。

KPIとは、組織の目標達成度を評価するための定量的な指標のことですが、加賀屋ではこれを挨拶や個人の行動目標にまで落とし込み、毎日数値化しています。一方、「メイ・アイ・ヘルプ・ユー・リポート」は、お客様との心温まるエピソードを職場で共有する仕組みです。例えば、「鯛の鯛」と呼ばれる縁起の良い骨をきれいに洗ってお客様に渡した話や、怪我をしたお客様のために次の目的地の病院を調べて伝えた話など、マニュアルにはない「気働き」を全体でシェアしています。

データと心の融合が描く未来

私自身、このインタビューを読んで最も感銘を受けたのは、伝統的な「おもてなし」という曖昧な概念を、KPIというデジタルな指標と、リポートというアナログな共有知の双方で管理しようとするバランス感覚です。「なんとなく感性を磨く」という職人気質に頼るだけでは、規模が拡大した組織の質を維持することはできません。小さな成功体験(スモール・ウィン)を共有し、それを組織の財産に変えていく手法は、あらゆるビジネスに応用できる普遍的な真理でしょう。

「小さな引き出しをたくさん持った人を増やしていく」。小田社長のこの言葉には、派手なホームランではなく、確実なヒットを積み重ねることの尊さが込められています。令和の時代における「おもてなし」とは、精神論ではなく、こうした緻密な仕組みの上に咲く花なのかもしれません。

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