豚コレラから「CSF」へ。唐突な名称変更が招く混乱と、私たちが向き合うべき食の安全

2019年11月中旬、日本の畜産業界を揺るがしている家畜伝染病「豚コレラ」の呼び名が、突如として「CSF」へと改められました。これは英語の「Classical Swine Fever」の頭文字を採用したものですが、現時点では正式な日本語の訳語すら決まっていない状態です。直訳すれば「古典的な豚の熱病」となりますが、この聞き馴染みのないアルファベットへの移行に対し、SNS上では「かえって分かりにくい」「実態を隠しているようだ」といった戸惑いの声が数多く上がっています。

今回の決定は、豚へのワクチン接種が開始されたタイミングに合わせた政治的な判断という側面が強いようです。農林水産省は、豚コレラのウイルスが人間に感染することはなく、万が一発症した豚の肉を口にしても健康に影響はないと強調し続けてきました。しかし、ワクチンを接種した豚肉が市場に並ぶことで、消費者が購入をためらう「買い控え」が発生することを政府は恐れています。名称変更には、こうした科学的な根拠だけでは拭い去れない風評被害を回避したいという思惑が透けて見えます。

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過去の「狂牛病」騒動に学ぶ、名称変更の功罪

かつて2001年にも、食卓に大きな混乱を招いた事例がありました。いわゆる「狂牛病」です。当時は牛肉離れが深刻化し、社会問題となったことで「BSE」という名称へ切り替えられました。ただし、この時は日本獣医師会などが中心となり「牛海綿状脳症(ぎゅうかいめんじょうのうしょう)」という、脳の組織がスポンジ状になる病態を正確に表す日本名を併記していました。今回のCSFへの変更が「拙速」と批判される理由は、こうした丁寧な合意形成や、納得感のある日本語訳が置き去りにされている点にあります。

ここで改めて整理しておきたいのは、豚コレラはウイルス性の病気であり、コレラ菌によって人間が発症する「コレラ」とは全くの別物であるという事実です。専門家の間でも、長年親しまれてきた「豚コレラ」という名称は学術的に定着しており、安易な改称には否定的な意見が目立ちます。北海道大学の迫田義博教授も、今回の動きを「農水省が一方的に呼称を変えたに過ぎない」と指摘しており、現場の研究者や関係者との温度差が浮き彫りになっています。

小手先の対策ではなく、正しい理解こそが最良の防御

風評被害というものは、皮肉にも「科学的に安全である」からこそ発生します。本当に危険であればそれは「実害」であり、避けるのは当然の行為だからです。飽食の時代において、消費者は不安を感じればすぐに別の食材を選べます。だからこそ、行政やメディアがどれだけ安全を叫んでも、一度芽生えた不信感は容易には消えません。名称を変えることで問題を覆い隠そうとする姿勢は、むしろ消費者の警戒心を強め、家畜伝染病への正しい理解を妨げる「小手先の策」に見えてしまいます。

編集者としての私の視点では、言葉を濁すことよりも、情報の透明性を確保することこそが信頼への近道だと考えます。さらに現在は、より致死率が高く脅威となる「アフリカ豚コレラ」も同時に「ASF」へと改称されています。2019年12月06日現在、農林水産省は家畜伝染病予防法の改正を進め、今後これらの日本名を検討していく方針です。名称に惑わされることなく、私たち消費者が冷静に事実を見極める力が、今まさに試されているのではないでしょうか。

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