2019年12月23日、東京地方裁判所において、多くの関心を集めていたある刑事裁判の判決が言い渡されました。被告人は中国籍で自称作家の胡大平氏、54歳です。彼は東京都千代田区に位置する靖国神社の境内に侵入し、掲げられていた天幕に墨汁を浴びせたとして、建造物侵入および器物損壊の罪に問われていました。
石田寿一裁判長は、被告に対して懲役1年2月、執行猶予3年の判決を下しています。検察側が求めていた懲役1年2月の求刑に対し、裁判所はその罪を認めつつも、社会の中で更生の機会を与える判断を示しました。しかし、弁護側はこの判決を不服として、2019年12月23日の当日のうちに控訴する手続きを取っています。
今回の裁判で最大の争点となったのは、被告の行為が「表現の自由」に該当するかどうかという点でしょう。弁護側は、この行動が靖国神社に対する政治的な抗議を目的としたものであり、日本国憲法第21条が保障する表現行為の一環であって無罪であると強く主張してきました。しかし、司法の判断は非常に厳格かつ明確なものでした。
判決理由の中で石田裁判長は、他者の財産権を著しく侵害する行為は、たとえどのような政治的主張があったとしても、表現の自由の枠組みによって正当化されるものではないと断じています。器物損壊とは、他人の所有物を損ない、その効用を失わせる犯罪を指しますが、今回のように歴史や信仰に関わる場所での行為は、心理的な影響も大きいといえます。
SNSでの反響と問われる抗議のあり方
この事件はSNS上でも激しい議論を巻き起こしており、「主張があるなら言葉で行うべきだ」という冷静な意見から、「日本の聖域を汚す行為は許しがたい」といった感情的な怒りまで、多様な声が飛び交っています。一方で、表現の自由という概念がどこまで許容されるのか、その限界点について改めて考えさせられたというユーザーも少なくありません。
編集者の視点から申し上げますと、民主主義社会において政治的メッセージを発信することは非常に重要ですが、それが物理的な破壊を伴うのであれば、それはもはや対話ではなく単なる暴力に近い暴挙となります。天幕という「モノ」を壊す行為は、自身の意見を届けるどころか、むしろ大衆の反感を買う結果となり、逆効果にしかならないのではないでしょうか。
日本という法治国家において、法を犯してまで行う「表現」が支持されることはまずありません。自称作家を名乗る人物であれば、なおさらペンと研ぎ澄まされた言葉によって、自身の思想を社会に問うべきだったと感じずにはいられません。感情に任せた墨汁の一振りは、彼自身の主張の説得力までも、真っ黒に塗り潰してしまったように思えます。
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