2020年1月11日に投開票が行われた台湾総統選挙は、民主進歩党の現職、蔡英文総統が歴史的な大勝を収めて再選を果たしました。一時は支持率の低迷から出馬自体を危ぶむ声もありましたが、緊迫する香港情勢が大きな追い風となり、「自由と民主主義を守り抜く」という強いメッセージが有権者の心を捉えた形です。SNS上でも「台湾の未来を守った」「民主主義の勝利だ」といった歓喜の声が溢れ、お祭り騒ぎのような盛り上がりを見せています。
一方で、対中融和路線を掲げる国民党の韓国瑜候補を後押ししたかった中国側は、今回の結果に苦渋を飲まされることになりました。中国の習近平国家主席は2019年1月2日に「一国二制度」による中台統一を強く主張していましたが、主権を重んじる蔡政権の壁に阻まれた格好です。中国側の狙いは、親中派の政権を誕生させるか、それが叶わぬまでも選挙の公平性に疑念を抱かせることにあったとみられますが、その目論見は見事に打ち砕かれました。
今回の選挙戦で特に警戒されていたのが、インターネット空間を舞台にした「サイバー介入」と呼ばれる情報操作です。これは、特定の政治的意図を持ってSNSなどで偽情報を流し、人々の世論を誘導する現代の高度な情報戦を指します。台湾はコミュニケーションアプリ「LINE」の普及率が9割、フェイスブックが8割を超える世界有数のSNS大国であり、人々の生活に深く根ざしている分、外部からの情報操作に利用されやすいという脆弱性を抱えていたのです。
実際に選挙期間中、フェイスブック上では中国の関与が疑われる不審な動きが複数確認されていました。プロファイルに「台湾在住」と記載し、親しみやすい女性の顔写真を掲載しながら、執拗に中国寄りの発言を繰り返すアカウントが注目を集めていたのです。これらを詳しく分析したところ、発信元が中国本土である可能性が極めて高いことが判明しました。確実な証拠こそないものの、多くの人々が「やはり裏で糸を引いていたか」と納得しています。
幸いなことに、政府機関のウェブサイトが閲覧不能になったり、インフラや金融システムが麻痺したりするような、社会を大混乱に陥れる致命的なサイバー攻撃は発生しませんでした。しかし、選挙当日の投開票所や集会を訪れると、別の意味でインターネットに支配された光景が広がっていました。台北の勝利集会に集まった数万人もの群衆は、目の前のステージを待ち望みながらも、手元のスマートフォンから目を離せず、LINEやフェイスブックを凝視し続けていたのです。
現実の場所に集まりながらも、意識の多くはネット空間にあるという、まさに現代の選挙を象徴する光景と言えるでしょう。結果として中国の世論工作は失敗に終わりましたが、敗れた韓国瑜候補の支持層からは、中国ではなく「アメリカの介入によって選挙が歪められた」という強い不満が噴出しています。アメリカが2018年3月16日に台湾旅行法を成立させて高官の往来を認め、大規模な武器売却を行うなど、蔡政権をあからさまに優遇してきた姿勢への反発です。
主要な情報源がアメリカ発のSNSであることへ危惧を抱く声もあり、ネット社会の選挙が持つ危うさが浮き彫りになりました。私は、これからの時代、重要な選挙は常に「外国からの介入」を受ける前提で臨まなければならないと考えます。ネット上の偽情報は、目に見えない弾丸のように社会の分断を煽るからです。そしてこの懸念は、2020年11月3日に控えるアメリカ大統領選挙へと直結していきます。
前回のアメリカ大統領選ではロシアの介入疑惑が世界を揺るがしましたが、もし中国が「アメリカのせいで台湾を失った」と捉えれば、今度は中国がアメリカの選挙に牙を向く動機になり得ます。対立するイランや北朝鮮も虎視眈々と機会を狙っているでしょう。幸い、現在は介入を織り込んだ防衛策の準備が進められています。人々のマインドに直接ハッキングを仕掛けてくる悪意ある勢力を跳ね返せるか、私たちは今、かつてない情報戦の最前線に立っているのです。
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