IT企業の部長が苦笑しながら語ったエピソードが、現代のビジネスコミュニケーションにおける興味深い「ズレ」を浮き彫りにしています。大学院で物理学を修めた才気あふれる新入社員が、着任早々に「テンションマックスで頑張ります!」と宣言したそうです。一見すると微笑ましい光景ですが、理系のバックグラウンドを持つ部長にとっては、この言葉の響きにどこか違和感を覚えずにはいられませんでした。
私たちが日常的に「やる気満々」という意味で使っている「テンション」という言葉は、実は本来の英語の意味とは大きくかけ離れています。本来、英語の「tension」は医学の世界では「緊張状態」を、精神医学では「不安」を指す言葉です。さらに物理学の分野では、物体を引っ張る力である「張力(ちょうりょく)」を意味しており、決してポジティブな高揚感を表すものではありません。
アメリカ人の友人にこの日本独自の用法を尋ねたところ、「やる気ならモチベーションと言うべきで、テンションは使わないよ」と驚かれました。では、なぜ日本ではこれほどまでに誤用が定着したのでしょうか。一説によれば、高血圧(ハイテンション)の患者に対し、医師が「無理をして頑張った証拠ですね」とポジティブに言い換えたことが発端とする「ポジティブ錯誤」という心理現象が関係しているようです。
緊張と不安を「攻めのエネルギー」に変換する技術
2019年12月12日時点の視点で見つめ直すと、この言葉の誤用はあながち悪いことばかりではないと私は考えます。大切なのは、言葉の定義よりも「緊張」や「不安」という負のエネルギーを、いかにして前向きな動力源へと変えていくかという視点です。心理学的なアプローチで見れば、このストレスへの向き合い方には、大きく分けて二つのパターンが存在することが分かっています。
一つ目は、未知の仕事への不安を「打破したい」という欲求に変え、それを原動力に突き進む若手社員に多いタイプです。SNSでも「プレッシャーがある方が燃える」といった投稿が散見されますが、これはまさに緊張をやる気へ昇華させている状態と言えるでしょう。一方で、経験豊富な管理職の中には、リスクを察知する能力が高すぎるがゆえに、無意識に挑戦を避けてしまう傾向が見受けられます。
もし組織全体が「安全第一」に寄りすぎて不安を避けるばかりになれば、企業の成長は停滞し、存在価値すら揺らぎかねません。あえて言葉の誤用を受け入れ、張り詰めた「緊張(テンション)」を「最高のパフォーマンス」へと繋げる空気感を作ることが、リーダーには求められています。新入社員が放った「テンションマックス」という言葉は、組織に新しい風を吹き込むための、頼もしい宣戦布告なのかもしれません。
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