【日本遺産へ】笠間焼と益子焼が歴史的タッグ!北関東から世界へ羽ばたく二大陶芸産地の挑戦

豊かな伝統と革新的な感性が息づく、茨城県笠間市と栃木県益子町。関東を代表する二つの焼き物の産地が、地域振興という大きな目標を掲げ、歴史的なタッグを組むことになりました。両市町は2020年1月22日、地域の歴史や文化をストーリーとして認定する「日本遺産」への共同申請を文部科学省に対して行いました。かつてはライバルとしてしのぎを削り、切磋琢磨してきた両産地が手を取り合う姿は、まさに北関東の新たな希望の光と言えるでしょう。

日本遺産とは、地域の魅力を物語として発信し、観光資源として活用することで地域を活性化させるプロジェクトです。今回、益子町からの呼びかけに応える形で共同歩調をとることになった笠間市の山口伸樹市長は、シンポジウムの場で連携の意義を強調しました。益子町の大塚朋之町長も、販路の共同開拓や住民同士の交流促進に強い意欲を見せています。SNS上でも、「この二大産地が組むのは最強すぎる」「笠間と益子、どちらも大好きだから嬉しいニュース!」といった期待の声が多数寄せられており、大きな注目を集めています。

スポンサーリンク

縮小する市場の先にある「進化」

もちろん、順風満帆な状況ばかりではありません。実は、両産地とも生産額は減少傾向にあります。笠間焼は1995年の約27億円から2018年には約13億8000万円へ、益子焼も1998年の約95億1000万円から2016年には約29億2000万円へと落ち込んでいます。プラスチック製品の台頭など時代背景による打撃は避けられませんでしたが、それでもなお、この地に息づく「焼き物の文化」は特別な価値を持っています。

両市町の強みは、東京をはじめとする大都市圏からのアクセスの良さにあります。笠間市の「陶炎祭(ひまつり)」や益子町の陶器市には毎回数十万人ものファンが訪れ、若い作家によるおしゃれなギャラリーやカフェも急増中です。かつては「制約にとらわれない自由な発想」で発展してきた両産地が連携し、国内だけでなく海外へもその魅力を届けることで、新たな周遊観光のモデルケースを築こうとしているのです。

世界へと広がる「陶芸」の輪

現在、笠間焼や益子焼のような芸術性の高い焼き物は、海外からも熱い視線が注がれています。笠間市では海外市場を開拓する協議会を設置し、専門家の支援を得ながら欧州への販路拡大を計画中です。また益子町でも、伝説的な陶芸家である濱田庄司が英国で窯を築いてから100周年を迎える2020年を記念し、現地での販売会を予定しています。

ここで、二つの産地の歴史について少し触れておきましょう。「笠間焼」は、信楽の陶工から技術を学び、日用雑器から芸術性の高い陶芸へと進化を遂げたことで知られます。対する「益子焼」は、笠間で修業した大塚啓三郎が1853年に創業し、のちに濱田庄司が提唱した「民芸運動」を通じて、日常に溶け込む美しさとして広く愛されるようになりました。この深い縁で結ばれた二つの産地が、世界という大きな舞台で共に歩みを進めることは、日本の伝統文化を次世代へ継承していく上で非常に意義深いことだと考えます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました